5時目覚め
夜の明けきらぬメインバザールをうろつく
薄暗くほとんど人の居ない通りで、身なりの粗末な男がマリファナ、ハシシと小声で話しかけながら付いて来た。断っても断っても、チョット離れてまた近づいて話しかける、声のかけ方が中々テクニシャンで何処となく人なつっこい、紅茶をおごってくれと言うので二人で一杯ずつ頼んだら、いつの間にか仲間が二人寄って来て、彼の小さなカップからチョビチョビ分けながら飲む
「アープ、ブーク、ナヒーン(貴方、腹は減っているか)」と身なりの粗末な彼が聞く。腹が減っているのだと思い
「カーナーイートOK、カハーンイート(食事OK、何処で食べる)」と言うと
あっちで食べれると先になって歩く
おじさんの名はマダンと言い50歳だった
どっかで聞いたなと思っていたら、昨日アパートの部屋を紹介してくれた人と同じ名だ
マダンは、こっちだこっちだと手で示しながら、どんどん細い道へ入って行く
マリファナ売りが商売かと聞いたら、ノーと答える?
ここメインストリートを、昼か夜に歩けば、2、3人か4、5人の、身なりの粗末なマリファナ売りが声をかけて来る、多分職のない彼らは麻薬の売人ではなく、客が見つかれば売人の所へ走り調達するのだろう
マダンは、サイキールリクシャーが仕事だったが
「カムゾール(弱い)」と言い、立ち止まって自分の足をバンバン叩き
「リクシャーナヒーン(自転車無い)、カームナヒーン(仕事無い)、マネーナヒーン(金が無い)」と嘆く
それにしては足取りがしっかりしていて早い、歩いては俺を待ち、歩いては足の遅い俺を待つ
何処の飯屋に行くのか、まだほとんどの店は開いてない
広い通りに出ると、男たちは彼方此方からマダンに話しかける、どうやらこの辺りの顔役のようだ
三叉路の中洲に飯屋らしき跡が3つあり、マダンは「ウオオ」と叫び、真ん中の店の人に、右端の店はどうしたと聞いた
真ん中の店の人は、うちの飯を食って行けと進めているように見えるが、彼は両手を放り投げるようにして飯屋から離れた
マダン、マダンと言う仲間らしき人の声に耳を傾ける事無く、彼はドンドン歩いて行き、時々振り返って、遅い俺に足は大丈夫かと聞く
タクナー(疲れた)と言って腰掛けタバコを吸うと、横に座って自分にもくれと言い、ペットボトルの水を飲むとマダンも飲んだ
初めはインド人が飲むように、口とペットボトルが引っ付かないように飲んでいたが、すぐに俺と同じようにボトルに口を引っ付けて飲むようになった
1時間か1時間半も歩いて、どんな飯屋が待っているかと期待していたが、見覚えのある町並みの通りへ戻った
マダンは、立っている仲間らしき5、6人の中へ入って何やら話を始めた。さっき紅茶を分けて飲んだ2人も居る
俺は可笑しくて、腹が痛くなるほど笑った
「カーナーイート(食事をする)、エークガンターグームナー(1時間歩いた)、イエワーパス(ここへ戻った)アブイートナヒ−ン(まだ食ってない)」と言うと
インド人達も笑いながら、マダンの頭を指差して「アア、クレイジー」と俺に言い、マダンは小突かれしょんぼりしていた
幸い俺は精神病はさほど苦にならない
近くのチャパティ屋が始まるのは8時半からだと言うので、まだ50分もあり、8時半に来ると言っていったんホテルへ帰る
9時頃戻ってくると、マダンは当然のようにタバコをくれと言い、飯屋に入るとゾロゾロと仲間も入って来る、お好み焼きのようなチャパティとダール(豆)五皿で96ルピー
「アープカ、マゼダール、ジャゲー、ティーク(貴方、面白い、場所、知っている)?」
「アア、ティーク(OK)」
マダンは30分ほど歩いて、土産物屋に連れて行ってくれた
「アープカダスミナト(貴方、十分)」
俺が店に十分入っていると、二十ルピー貰えると何度か言うが、欲しい土産が無いので、拒否
店から日本語を話す人が出てきて
「見るだけでもいいですよ、どうぞ」と言われるが、拒否
次に工事中の小さな広場へ連れて行った
「パーラク(公園)」と言うが、何もない小さな草っ原でしかない
「イエ、マゼダ−ル、ジャゲー(ここ、面白い、場所)?」
「ナッ、マゼダールナヒーン(面白くない)」とマダンは言い
ラールキラーやタージマハルはバホットマゼダールだが、バホットドール(とても遠い)と言う
俺はラールキラーに十度は行っているが、城の中に入った事はない
興味がないのだ
職のないマダンの暮らしの中で、何を面白く楽しんでいるのか、知りたいと思ったのだが、そんなものは無いのかも知れないと思い彼と別れた
「日本人ですか」と隣のホテルに宿を取った伊藤さんに話しかけられる
全日本体操競技を3連覇したと言い、歳は50歳
俺より背は10センチも低いが、肩の筋肉が盛り上がっていて精悍な感じがする
「小野喬が考案したシュタルダー?って技がありますよね」と話すと
「あれは僕の先生の名をとって遠藤って言うんですよ」
「ああそうでしたか、40年も前の話ですから、すみません」
日本がボイコットした、モスクワオリンピックの頃はボートの選手に転進し、自転車のロード選手として走ったと言う
それから建築の仕事をして、本を一冊だけ書いたらベストセラーとなった
ホテルには百ルピーで泊まって居ると聞いて、これは凄い人だと思った
「どうやって、百ルピーに値切るんです」
「勘ですね、何となく負けてくれそうな時はわかるんですよ」
スポーツをするのも、商売をするのも同じようなものだと思うのですが、人の才能を伸ばすのに一番に必要なのは金で、二番目が本人を取り巻く財産で、個人の能力は三番目ではないかと言ったら
「僕もそう思います、浅田真央姉妹がアメリカ人のコーチに1千万ずつ払って、年間四千万の金を出せる親を持たないと、世界一にはなれなかったでしょうから」
俺の話に相槌を打つ人は珍しい
「金が無い人は、スタートのラインに並べないんですよ」
「そう思います」
話が合うのか、コーヒー屋を出ても、メトロの駅まで喋りながら歩いた
サラク(通り)で、包帯を巻いた足でびっこたんして歩くスレンダーさんと会った
「ルーム、ドーンルナー(部屋を探している)」と言い路地に消えた
隣の人も出て行く部屋を捜しているが、自分も探してあげていると言い
チョット来てくれと連れ出され、一辺が2メートル半か3メートル程で、上下左右前後と、入り口のドアの分だけくりぬかれたセメントで造った四角い家に連れていかれ
「アープ、ガル(貴方、家)」と言う
「???」
隣の人が出て行くまで、ここに住んでくれないかと言う事だった
蒲団を敷けば40センチほどしか隙間が無い、窓は無くいかにも暑そうだ
俺だけでなくチョット大きな牛でも入る事を拒否しそうな部屋だ
プッと噴出し拒否したが、どんなつもりでこの部屋を薦めているのか、隣の人が出て行くのは何日も先になるのではないかと不安になる
隣人は、スレンダーさんの部屋に、憮然と入ってきて何やらまくしたてる
勢いに押されて、石川さんにモバイルした
「自分だけまくし立てて人の話を聞かない人ですね、すぐ出ていけと言われても無理でしょと言ってます」
「やっぱり、無理ですね」
スマンさん、スレンダーさんは
「メーン、ルーム(私、部屋)」と強調して、隣の人を放り投げる真似をした
「追い出すのはまずいでしょ」
憮然と部屋に帰った隣人の所へ行って
「ツウーゼロディーン(20日)ナヒーン(駄目)」と聞きなおした
隣の人は入り口まで来て
「ラグバグ(大体)」、20〜25と書き
25の数字を指して、ラスト、と言う
「OK、ツーファイブ、ディーン、ティーク(25日OK)」と返事すると
「サンキュー」と手を出して握手を求めて来た
「?????」
何だか解らないが、円満に解決したような気がする
20日がリミットと区切ったので、スレンダーさんが、早く出て行くようにせかしていたのかも知れない
ウッタルナガルのマダンさんの部屋は、2階で明るく4部屋もあり、階下にインターネットのカフェがある、中々魅力的だ
ここの部屋は8〜10畳部屋が一つで、1階で外窓は無く昼間でも真っ暗いが、何度も行ったスラムが近くにある
うどん屋はスラムから始めたいと思っていた
ウッタルナガルにも、スラムはあるだろうが、一からやるより良いだろう
マダンさんに、こっちの部屋に決めましたと、断りのモバイルを入れた
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