2008年4月
  12345
678 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30    
       
次月へ


馬鹿が再びやって来た/山松ゆうきち


山松ゆうきちのインド通信

「馬鹿が懲りずにやって来た」

2008年4月


2008年4月30日

pagetop

朝4時

ガッチャン、ガッチャン。ザバー、ザバー

スマンさんが、水道の飲み水をバケツで運び、タンクに入れる音で目覚める

どういうわけか、このあたりの飲み水は、夜中に1時間くらいしか出ないらしい



9時半、キショールクマール来ず、モバイルする

何故来ないのか意味不明なので、ガンディーバスティーのガル(家)へ向かう

クマールは駄菓子屋の隣で、スノコに載せた大きな氷を割っていた

「アージ(今日)、アーヤナヒーン(来ない)キョーン(どうして)」

「マェン、カーム(私の仕事)」と言って、持っていた鉄棒のハサミで氷を指す

「イエ、アープカ、カーム(これ、貴方の、仕事)」

「アア」

仕事を持っているなら、仕事をするって言わないでくれよ、ガッカリだよ



子供たちは、相変わらずエーク(1)フォートー、スリールピーと言って、写してくれと寄って来るが、カメラカラーブと答え先に進む



40歳くらいの太った男が、明日モーニングにモバイルすると言って、ジョブポスターを一枚持って行く

明日モバイルすると言って、かけて来た人は一人もいない



50歳くらいだろうか、アジア顔で鋭い目つきのオッサンは、中国語、ネパール語がペラペラだと言ってくるが、7÷16は出来なかった



何処までがスラムか分からないが、サラク(通り)の突き当たりを左に曲がり、人溜まり見ては、誰か仕事を手伝ってくれる人は居ないか聞きながら歩く

店の親父は、俺を手招きして呼び寄せ、ヒンディー語が喋れないと言って笑う



ドブの近くの紅茶屋で一休み、いつものおじさんが居ないので

「サーハブ、カハーン(主人は何処)、ランチタイム(昼飯)」と聞くと

そばに居た子供が、酒を飲む真似をして

「ソーナー(寝てる)」と言う

「アルコール?」

奥さんらしき人が「アア」と返事した



ここには7÷16の出来る人が1人も居ないのだろうか

居たとしても、そういう人はすでに仕事が決まっているのだろうか

「アープカ、カーム、ティーク(貴方の仕事はOK)」

聞くと、ほとんどの人は首を大きく傾けて、イエスと答える

そんな訳はないだろう。仕事があればスラムは無いはずだ



インドへ来て17日

毎日ではないが、仕事を手伝ってくれる人を捜して歩いたが、もう捜す所が無い

いつまでも居ない人を捜してもしょうがない

ここで捜すのは今日で終わりにしようと思う



うどんがインドで広まるかどうかは解らない

「血だるま剣法」のように見向きもされないかも知れないが、この場所を出発点にしたかった。それにはここに住む人を雇うのが条件だと思っていた

全てが徒労に終わった



もう来ないかも知れないなと思いながら、もう一度、スラムの中の細いクネクネ曲がった道を歩く

おばさんたちが6,7人固まって居たので

「カリムチャーリー(社員)ドゥンルナー(捜している)」と言ってジョブポスターを渡すが、字が読めないのだろう、ポスターに関心は無く、庭の中に入れと手で示してくれる

隅では男達が長いキセルでタバコを吸っていた。大麻かも知れない

ポスターを返してもらい、鉄道の線路沿いに歩く

腐敗したゴミの山にハエが固まってたかり、そこらじゅうにウンコが散らばって落ちている

10人程の若者が群がって奇声をあげていた。近づいてのぞくと中に金が置かれている。博打をしているのだろう

近くに居る女や子供は、そっぽを向いて知らん顔している



鉄道の敷かれた土手に上がると、子供に呼び止められた

子供は枕木にウンコしていた

ウンコ中に何の用があるのだろう、紙がほしいとでも言っているのだろうか

枕木を積んだ上でも、女の子がウンコしている

広い所も、狭い所も、満遍なくウンコが落ちている



鉄道と交差し、陸橋を走るメトロの下には、サイキールリクシャーが10台ほど置かれ、ワーラー(人)が3人たむろしていた

メトロまで幾らか聞くと30ルピーと言う

「ダス(10)ルピー」と問うと、「ビース(20)」と答えたので、メトロから見えないように遮断された壁に沿って歩く事にした

サイキールが後を追いかけて来て、「パンドラー(15)」と言い、「ダス(10)OK」と声をかけて来るが、もう乗る気はない



スラムの入り口で、ドンチャン演奏していた若者や、子供達がフォートと寄って来るが、カメラカラーブと答えメトロ駅に向かう

長いロスタイムが終わった。インドに来て17日間は何だったのだろう



メインバザールで、メールの返事を書き、日記を書く

9時頃、パソコンが突然起動画面に戻る

あわててネットカフェの兄ちゃんを呼ぶが、「サブ(全て)ナヒーン(駄目)」と言われガッカリ

保存するように心がけているが、いつも忘れた頃にプッツンする



外に出て、タバコを吸い、トイレして、気をとりなおし日記を書く



10時、ネットカフェ、カタムホーナー(終わり)



卵を挟んだパン(10ルピー)、油で炒めたジャガイモ(10ルピー)を食べて帰る



今日もほとんど無駄な一日が終わった

2008年4月29日

pagetop

仕事は9時始まりだが、9時15分になっても、キショール クマールが来ないので

スマンさんにモバイルしてもらう。10時少し前にやって来た

本を作って、うどん屋をやって、と昨日言った仕事の内容を再度説明する

「まだ家族に言ってないので、今日は帰らせてほしい」と言う

しょうがないので、明日から9時に来てもらう事にした



サイキール、リクシャーで病院へ行く

昨日は、サイキールが道を間違え、とんでもない所へ連れて行かれて、途中で乗り換え、二回分35ルピー払ったが、今日は15ルピーで行ってくれた



白人色の男性ドクターに変わり、総額は2万6千7百55ルピーだと紙に書く

その下に、カル(きのう)は2万6千6百50ルピーだった書くと

バーキィー(残り)は350ルピーでティーク(OK)と言う

何だかわからんが、三度支払いを請求され、三度とも何故か値が違う

何処と無く嘘っぽいんだよね

「ラシィード」と言うと、領収書だけはしっかり書いてくれた

まあ、2万4千も2万6千も、保険で戻ってくるなら大して違いはない



支払いが済むと、そのままドクター室で待つように言われ、往診の様子を見ながら正面の椅子に座って待つ

ドクターは患者の様子を聞き、カルテを書き看護婦に薬や注射の指示する、往診の終わった患者は金を払い、ドクターはその度にポケットに金をしまい、釣りを出して渡す



他の多くの店でも主人らしき人が、お金の出し入れを管理していて、飯屋のわずかな金も、店員は金を受け取らず、イチイチ主人が決算する

インドらしいと言えばインドらしいが、時々インド人はインド人を信用していないのではないかと思う事がある



昨日注射を済ませているので、何のために待っているのか解らない

「アージ(今日)インデクション(注射)」と聞く

黙って座って待っていろ、と言った感じで、ドクターに両手で制される



1時間も待っただろうか、何処からか小包が届き、中を開いて注射のカプセルを出し、俺にかかげて見せる

3階に案内され、手術台にうつ伏せに寝かされ、ふくらはぎに2つ付いた犬の歯型の回りに、かなり痛い注射を少しづつ射たれ、肩にも1本射たれた

2階の個室に連れて行かれ、横になってソーナー(寝る)と言われるが、何となく大げさな感じだ

20分ほどいたが誰も来ないので、下へ降りて行くと、看護婦に次は5月2日10時と言われて帰る

注射は5回と言われていたが、今日の分を入れると6回になる、その分値が高くなったのかなとも思うし、どこかで1回減らすのかも知れない





「サイキールリクシャー、ワーレーキドカーン」(昨年「モーニング2」に発表した短編)の原稿25ページを持って、コンピューターカンパニーへ行き、ヒンディー文字を打ってほしいと頼む

1ページの文字打ち代は50ルピーと返事をもらうが、左から読めるように、原稿をスキャンして、絵を逆版にしてから文字を打ってくれと頼むが、中々意味が通じなくて話が進まない

他の客が来て、エークミナト(1分待って)と言われて待つが、10分以上待っても話が終わらないので、バードメン(次)と言ってカメラ屋へ向かう

現像プリント代90ルピー、カメラの直し代95ルピー



ガンディーバスティーへ、写真帳にプリントした写真を入れて持って行く

どっと人が集まって来て、写真帖をめくり、これが自分だと言うが、プリント代3ルピーと言うと誰も金を出さない

何だこりゃ

カメラを持って無くて、写真屋に行って写せば高かろうと、サービスしてあげてるつもりなのに、これだよ



行く先々で、子供や青年が、エーク(1)フォート、スリールピー、ティーク(OK)と言って寄ってくるが、スリールピー出したら写すと言って手を出すと、誰も金を出さない。意味が解らんよ



ドブの近くの茶屋で、チャーイを飲んでいると、2メートルもある竹馬に乗った子供が前を通る

急いでカメラを出すが、シャッターが切れない



直してもらったカメラ屋へ行き

「イエ(この)カメラ、カラーブ(壊れている)、ティークナヒーン(駄目)」
カメラが直ってないと言うと、フィルム駄目だからチェンジしろと言われ、フイルム代80ルピー払って入れ換えるが、シャッター押せず

「カラーブ(壊れている)」と言って、店の主人はカメラを返してくれた

何だよ、フィルムは入れてから、まだ何枚も撮ってなかったし、バッテリーも新しく買わされて、カメラの直し代を取られて、カラーブは無いだろ

まだシャッターを切ってないフィルムを元に戻して、カメラの直し代は返してくれるのかと思って待っていたが、パソコンをいじって知らん顔しているのであきらめる



メトロでメインバザールへ行き、今日もネットカフェで10時まで日記を書く

2008年4月28日

pagetop

靴を履くと足の痛みは和らぎ、泥の道も気にする事無く平気で歩ける



スラムとそれを遮る壁の間の細い通りから、狭い家の中で、女性が子供をあやしたり、鍋を洗ったりしているようすが見える

若者や子供達が寄ってきて、さっきお前が歩いた通りは、ボシボシ(セックス)ストリートとニヤニヤしながら話す

人差し指の上に中指を交差させて乗せ、その中に別の手の指を出し入れし

「パーンチ(5)ールピー」とか

「サスター(安い)スリールピー」とか囃し立て

見下げ果てた女達の住まいだと、いかにも小馬鹿にしたように笑い合うが、同じ場所か近くに住む彼らが、真から笑っているようには取れない

自分を笑っているようにも見える



それにしてもえらい安い、3ルピーではチャパティー2枚しか買えず、1日の食事代にもならない



君は神に負けた悪魔の悲しさを考えた事があるか



ここには過去、正義に負けた、多くの鬼が住んでいる



王との戦いに負け退治された多くの戦士や民は、王に逆らい、あるいは神に背いた報いとして、当然のように気にとめる事無く殺され消された

生物は全て、生命の与奪略奪を繰り返し、勝ちぬき子孫を残すように造られているから、弱者を支持し涙する者は常に少ない



王者の正義に制限は無く

一夫一婦制が良いと言えば、世は一婦一夫制になり、一夫多妻が良いと言えば、一夫多妻になり、動物を食するは品性に欠けると言えば、ベジタリアンが増え、仏教に勝る教えは無いと王が唱えれば、たちまちにして仏教国となるが根拠は薄い



今は、会社やメディアや国の代表など、争いに勝ち抜いた王者が大勢居る

車に乗り、ふんだんに電気を使い、地球に優しい環境社会を作ろうと、正義をふりまくが、貧しいスラムの生活が地球に優しいと言う者は一人もいない

又、生活を保障された僧が、将来を夢見て山にこもり、苦行を重ね悟りを開いたとは聞くが

何の保証も無く衣服一枚で道端にたたずみ、その日の施しに生命を賭ける、インドの痩せ細った乞食が、すでに悟っているとは誰も言わない



乞食やスラム住人に、社会から評価される正義は無く、山のように悲しみが積まれている

ここは過去、王との戦いに負けた子孫が、そして、今も社会からこぼれ負けた、多く人の住む悪魔のエリアなのだ



だからどうしようと言うのではない、ただ俺は、売り上げが10兆円を超えたという、車会社の戦勝ニュースよりも、今日は300ルピー稼いだから、何日か食うに困らないと、人生を賭けた小さな戦いに勝って喜ぶ人のほうが好きなのだ



スラムの入り口の駄菓子屋の親父が、以前に6÷17が出来なかった、背の低い兄ちゃんを連れて来て、彼はどうだと進める

ノートを渡してやってもらうと、0.4375と答えを書く

何となくあやしいが、彼を雇う事に決めた

名はクマールと言う

この周りにはクマールの名を持つ人が大勢居るようだ



家からのメールで、狂犬病の注射代は、保険から全額至急されると連絡が入り、気が変わる

金が戻ってくるなら、払った3千ルピーがもったいない

病院を変われば、新たに2、3千ルピーがかかる



どうするか迷ったが、夕刻、アナンダ病院へ金を払いに行く

森久美子のように太った女医は、2万2千4百50ルピーではなく2万6千6百50ルピーだと紙に書く

2万しか持って来てないと答えると、持っている金は今払えと言われ、レシードを要求するが、明日モーニング11時に来るように説明され、別室で森久美子のように太った看護婦に、注射をしてもらい帰る

2008年4月27日

pagetop

ガンディーバスティーのサラク(通り)の入り口には、いつも親父や青年が何人かたむろして座っている

後ろの壁にJOBポスターを貼らしてもらう

ポスターを貼った壁の下に、大雑把ではあるがアイヌ人が彫ったような、中々見事な木彫りの像が3体置いてあり

青年は自分達が彫ったのだと自慢し、写真を撮ってくれと言うが、カメラを持って来ていなかった

誰か仕事をしてくれる人はいないかと聞くが、ポスターを次々手渡しして、さほど興味があるようには思えない

サラクの最奥近くに、ポスターをもう一枚貼って、今日も成果無く帰る

3年半前、平田弘史先生の「血だるま剣法」を高倉嘉男さんに翻訳してもらい

とみ新蔵先生の「槍」の翻訳は、石川まゆみさんにやってもらった、それを二階のナレンダーさんに、インド人が見てどうか、半分程度チェックが済んでいたので、残りの半分のチェックを今日やってもらう事になっていた


昼食タイムは1時から2時、チャパティー2枚と、直径8センチほどのカップに入った豆スープを食べた後、ナレンダーさんに大丈夫ですかと確かめると

ゲストが来るので、チェックできないと言う

一週間前に0Kの返事をもらい、昨日も

「ティーク、ティーク(大丈夫)」と返事をもらっていた

う〜ん、困った

2時半頃には、石川さんと、高倉さんが来る

スマンさんが、赤ん坊は上の階の子供達に見てもらって、自分がチェックしても良いといってくれたが、適当かどうか、石川さんが来てから聞く事にした

二人は、高倉さんのデカいバイクに乗ってやって来た

高倉さんは背が高くほっそりとしているが、精悍で自信に満ちた青年に見える

今回インドへ来る前に、落語を元ネタにした漫才の翻訳もやってもらっていた

また自身のサイト「これでインデア」の中で、単行本「インドへ馬鹿がやって来た」は期待したほど面白くなかったと批評もされている


「以前会った時より痩せました?」

「夏は少し痩せるかな、でもだいたいこんなもんですよ」

手伝ってくれる人が雇えなくて困っていると相談すると

「こんな事務所とベットがある部屋と一緒じゃ、インド人も来ないんじゃないですか」

とアドバイスされたが、事務所を持つほど余裕はない

「7÷16の出来る人がいないんですよ」

「えー、これ難しいじゃないですか、割り切れます?」

「四桁で割り切れますけど」

まだ、メインバザールの方が、読み書きが出来て、仕事にあぶれた人がうろついている可能性が高いし、客も多いとも言ってくれたが

スラムでうどんの店を出して、俺自体がやり続ける事は無いが、もしかしたらインド中に広げてくれる人が出てくるかも知れないじゃないですか、その人が下から這い上がった、日吉丸であり武蔵であったら面白いででしょう

「まだ、スラム出身でトップにたった人は居ませんけどね」

「えっ!、奴隷王朝は、奴隷っだたんじゃないですか」

「あれは、奴隷と言っても兵士ですから、スラムとは違いますね」

スラム出身で、州の首相になった人は居ると話してくれた



石川さんの書いてくれたJOBを見せると

手書きのコピーじゃなくて、パソコンで打ってからコピーしたほうが良いと言い

募集の文章を新たに書いてくれる



「高倉さんを始め多くの人が、日本の漫画をヒンディー語ではなく、何故英語にしないのかとアドバイスしてくれるけれど、英語の漫画は世界中にいっぱいあるし、俺が出す事はありませんね

山登りに興味の無い俺が、後ろ向きで富士山に登った人は居ないと思い、登頂してるようなもので、危険だとか、無意味だとかいくら言われても、前向きでは富士山に登りません、無駄な事でも、やった人が居ないと言うからやってるだけですから」

「単行本では、金持ちになりたいって描いてありましたよ」

「お金は後から付いてくるものですから、やった事に対して世間の評価がなければ無益な徒労で、いくら希望しても無理ですね」


日本文化センター?等に相談に行けば、力になってくれるかも知れないと教えてくれたが、対象が違うような気もする


高倉さんは3時間ほど居て、大きなバイクに乗って帰った


大勢が集まるカラーカーストに、人が居ないとは思えなかったので、石川さんにモバイルして聞いてもらった

「ここには、そんな高尚な計算の出来る人は居ないそうです」

「じゃ、何故最初に、明日来てくれなんていったんでしょう?」

「相手をガッカリさせないように考えて、インド的な断り方じゃないですか」

う〜〜〜ん



スマンさんと石川さんの「槍」のチェックは、女性同士だからだろうか、ナレンダーさんの時より会話が多く進んでいるようだったが、始まりが遅かったので9時過ぎでストップ。残りはあさってと言う事になる



石川さんとコンノートプレイスへ出て、この前は満員で入れなかった、中華料理店に入る

最初のスープは美味しかったが、後は無理に押し込んで食べると言った感じで、非常に不味い、驚くのは、同じ物を、石川さんが苦も無く食べる事である

「料理って刷り込みじゃないですか、それと、雰囲気もあるんじゃないですか」

まあ、豪華といえば豪華な建物で、豪華な食器ですけど

1200ルピー。どひゃ〜。サラクの100倍近い値だ

俺がインドのレストランに入るのは、石川さんとの食事以外に無い

まあいいか、仕事のお礼ですから


2008年4月26日

pagetop

サージャンさんが、仕事に行く前に話しておこうと思い、三階へ上がる

病院の用紙に書いた、狂犬病の注射代2万2千4百50ルピーの、2千4百50ルピーを指差して

「マエン、ドースト、カヘナー(私、友達、言った)、イエ、ティーク(これ、OK)」

横の2万ルピーを指差し

「イエ、バホット、メヘンガー、ガラト(これ、すごく、高い、壊れている)」

どうしてこんなに高いのかと聞く

「インド人強イ、日本人弱イ、イイ薬高イヨ」

「マエン、インド、ビャクティー、エークヒイー、ティーク(私、インド人、同じでよい)」

と断り、違う病院へ行くと告げた

「チョット待ッテ、保険入ッテマスカ、後デオ金戻ッテ来ルヨ」

「OK、マエン、タエカルナー(私、決める)」

ビザカードを持っていれば、自然に保険がつくと聞いているが、考えは決まっていた、何事も一般のインド人と同じで良い



薬局へ行き、足の傷の塗り薬(クラック30ルピー)と飲み薬を買う。合せて60ルピー



シャワーで、黒くなった足の裏を洗うが、石鹸をつけても、タオルでこすっても、痛いだけで垢は一向に落ちず、大きくなったひび割れは不気味だ



露天で、大小様々な形の、素焼きの壷やコップを大量に並べ売っている

一度、絵の具やホワイトを溶かす小皿に買って使った事がある

水を入れると、スーと小皿に水が染み込んで絵の具だけが残り、全く使い物にならなかった

誰が、こんな水を吸い込む皿や壷や象(ガネーシャ*神)を買い、何に使うのだろうといつも思っていた



その小皿が、シャワー室の石鹸の横に一つ置いてあった 



ソロリソロリと小皿の底で足の裏を擦ってみると、少し垢が落ちた

ああ、素焼きの小皿は、足の裏を洗うためにあっとのかと納得し、力まかせに擦り、痛みの引くのを待つ

それにしても、大きなカップや壷や象等は何に使うのだろうか

まさか、壷に足を入れ、神である像で、足の裏は擦らないだろう



泥の入ったひび割れの上から薬を塗り、しばらくぶりに靴下を履き、靴を履いて外に出る



ガンディーバスティーでクマールと会う

俺の描いたシャツの絵を指して

「アープカ、チットラル(あなたの、絵)」

ぐらいは解るが、何を言っているのかさっぱり解らない

ケラーシュに、他に適当な人は紹介してもらえないか、聞こうと思い住まいを捜す

スラムは小さい家ばかり、細切れにつながっているとばかり思っていたが、ケラーシュの家は十五畳ほどの庭があり、平屋だが住まいも細長く広い

俺と同じ位の年の爺さんと30歳くらいの男が、インドでよく見る人形を作っていた

ケラーシュとは名前では無く、人形を作る人の事らしい

紅茶をご馳走になり、7÷16の出来る人を捜していると言うが、心あたりはないようだった

後ろを見ると、カバのように太ったおばさんが、横になって寝ていた

カラーカーストに居た、3人の関取おばさんの一人だった

おばさんにも誰か居ないかと、ジョブのコピーを見せるが、手だけ上げて横に振る、文字が読めないらしい

えっ!、カラーカーストって会社の、カリムチャーリー(社員)か役員じゃないの?

「ナヒーン(違う)」

毎日遊びに行っているだけらしい

モーター(太い)おばさんは、タビーヤトティークナヒーン(体の調子が悪い)と言い、1時間ほどの間に、一度上を向いただけだった



ケラーシュの若者に何度かモバイルして待つが、つながらずあきらめ、今日も又道々JOBを見てもらいながら帰る



スレンダーさんに、頼んでいた中古のエースイ(エアコン)屋が、あると言われ買いに行く

一畳程の小さい店で、二十年は使ったと思われるエースイが、四、五台積まれていた
冷たい風が出るのを確かめ、9千ルピーで買う事にした

半年後に、半額の4千5百ルピーで引き取ってくれると言ったが、すぐにでも壊れそうなので、壊れたらチェンジしてくれるかと聞くと、ノー、半額で引き取るだけだと言われ断念



他に中古屋は無いようで、やむなく新品を買う事にする

日本で売られているような、色白の細長いのは高いので、インド式?の一寸だけ横長のエアコンにした

部屋の大きさから、2tが適当らしい

2万6千ルピーを掲示され、隣の店でこれより安くなりますかと聞くと、2万3千だと言う

3軒目の店でそれを見せると、1、5トンにすれば1万7千500になると言われた

4軒目では、SGだとかLGだとか、会社のランクが三つ四つあるらしい事を言われる

壊れる事無く涼めれば安いほうが良いが保障は無い

スレンダーさんの進めもあって、1万8千8百ルピーのエアコンを買う事に決める

領収書は何故か1万6千2百ルピー?

金額が違うと強く抗議すると、裏に1万8千8百ルピーと書く

いつから使えるかと聞くと、今日から使えると言う 

エースイを吊るしたり、壁に穴を開けたり、取り付けはどうするのかと聞くが、全然話が通じない

なりゆきにまかせる事にした、

何処からか、車屋を呼んできて30ルピーで運んでくれると言い、店の従業員が2人ついて来た

取り付け込みの値段だったようだ



防犯用のためか、建物がくっついているためか、多くのインドの建物には外窓が無く、あっても極めて小さい

廊下の窓か、20センチもある壁の一部に、穴を開けて取り付けるとばかり思っていたら、窓をゴリゴリ削ってエースイの大きさに壊し始めた

クーラーを乗せる金具が100ルピーだ、貼り付ける板が200ルピーだ、何だかんだと出て行く

作業が長引きそうなので、後は任せてパハールガンジィーにメールを打ちに行く



米ドル1ドルー39、7ルピーで500ドル両替し、ネットカフェに入る



11時少し前部屋に戻ると、壊した窓にエースイが、壁にはメーター機や変電機などが配線され取り付けられていた



音はやかましいが、やっぱり涼しいよな

2008年4月25日

pagetop

10時15分前、カラーカーストへ行く



昨日の、三人の関取おばさんがデンと座っていて、気楽そうに話かけて来るが、ほとんどの会話が意味不明で続かない

「ダルド(痛い)」と、おばさんどうし頭を押さえ腰を押さえ話がはずむ

「ズヤーダー、モーター(多い、太い)サブ、カラーブ(全て、故障)」と口をはさむ

「アア、ズヤーダー、モーター」とおばさん達は笑う



10時30分を過ぎた頃、十両おばさんアルピーさんが事務所へ現れ、マエン(自分)のパートナーは見つかったかと聞く

「OK」と答え、まああせらず待ちなさいと言ったふうに手で制される

11時20分頃、事務所を取り仕切っているアイフォンサーさんと、若い職員が来て質問が始まる、さかんにティチャーとか、ティーチャルとか聞かれるが、意味不明

質問はえんえんと続き、アチコチにモバイルしていたが、日本語を喋るインド人を見つけたらしくモバイルを渡される

「ヒンディー語を勉強したいですか、先生を捜していますか」

「仕事のパートナーを捜しているので、適当な人がいたら紹介してほしいだけです」

??????、どうして、こんなところまで来て、ヒンディー語の先生を捜し回っていると思うのか解せない

十両おばさんアルフィーは

「インターネットxxxxxxxxxx」と言い、1万5千と俺のノートに書く

ノォーと答えると、1万と書き直したが、それもノーと言う

多分、1万五千か一万ルピー出せば、インターネットで人は見つかるとでも言ってると思い

「マエン、ニカト、ジャゲエー、ビャクティー、ドーンルナー(私、近い、場所、人、捜している)」と話すと

「ナッ」と鋭い口調で否定し、突然出て行くようにジェスチャーされる

なんだか解らないが、スゴスゴと退散



仕事を手伝ってくれる人が居るのかと思い、待っていたら、紹介される事無く追い出された?、何だろうなこれは

もう昼はとっくに過ぎている、建物を出て、ガッカリしながらタバコを吸っていたら、職員らしき男が寄ってきて、どぶを渡って向こうで吸えと追い払われる



俺を見ていたのか、建物の中にいた別の男が、若者3人を連れて来てくれた

ケラーシュと言う青年に、3時にここに来るよう言われる



ドブの近くのチャーイ屋で、ドブの臭いのする甘いチャーイを飲みながら、3時まで時間をつぶし、3時半、ケラーシュにモバイルする

モバイルしても話せるわけも無く

「ケラーシュ、マエン(私)ゆうきち」と言えるだけだ

ケラーシュはクマールと言う、四十歳くらいのおじさんを連れて来てくれた

おじさんにジョブの紙を見せ、又明日ここで会うことになって分かれる



熱い中、こんなのばっかりが続き、何となく気がめいる



メトロで、メインバザールのネットカフェに行こうと思っていたが、部屋でシャワーを浴びてから行くのが無難だと気が変わる

インドは、と言ってもデリーしか知らないが、サラク(道)や路地に多くの犬が住んでいて、何処を歩いても犬を見かける

部屋から、二、三十メートル離れた五十センチ巾ほどの路地にも、白と黒の犬4匹がいつも寝そべっていた、触れないように避けて通ったが、突然ワンと鳴かれ、後ろからふくらはぎを噛まれた

痛みはたいして無かったが、ズボンを捲ってみると、歯形が二つ付いて血がにじんでいる

狂犬病は発症すると手が無いと読んだ。参ったな



スマンさんが留守なので、2階も留守で、3階に上がりオームさんに病院を聞くと、サージャンさんにモバイルして病院を聞き、息子のモニーが友達の車を呼んで連れて行ってもらう

「ソコデ二回、チュウシャシマス、イッカイ、二千4百ルピーシマス」

「高いなー」とモバイルでサージャンさんに言うと

「チュウシャ無イト、死ヌヨ」

尻と肩に注射してドクター室へ入る

何だか解らないが、2千4百ルピーは安い注射で、これを五回、高いのを三回射つので二万二千4百五十ルピー、今日中に持って来なさいと女医らしき人は言う

あまりの高さに驚いた

手持ちの金は三千しか無かったので、二千五百払おうとしたら、三千全部を出しなさいと、女医は手の平を内に曲げてカムカムする

仕方なく三千払って病院を出るが、狂犬病の注射が6万円もするのだろうjか

これでは多くのインド人が、犬に噛まれても注射できない

留守かと思っていたスマンさんは、電気を消して寝ていたのだと言う

インデクション(注射)マネー、2万2千4百ルピーもすると告げると、目を丸くして

「マエン、サマジュメンナヒーン(私、解らない)」

二階のナレンダーさんの息子が、少し前に噛まれたと言うので、幾らしたのか聞きに行くが留守だった

 

1千?持って、メインバザールのいつも両替する店にいくが、もう夜で閉まっていた

コンノートプレイスは近いが、夜中に、24時間営業のATMを捜して歩こうとは思わないあるい

ピンドーのネットカフェで、クッター(犬)に噛まれて、注射が2万2千4百五十ルピーもすると、紙に書いた数字を見せる

「イエ、ティーク(これ、OK)イエ、ガラト(これ、壊れている)」
2千4百五十ルピーはOKだが、上に付いている2万は余計だ、近くにアッチャー、ホースピタル(良い、病院)があると言う

何故に高額な請求をされたのか解らないが、あの病院は異常に高すぎるので断る事に決めた

「アージ、エースイ、ナヒーン(今日もエアコンが無い)」と聞く

「カル(明日)」とピンドー言った

2008年4月24日

pagetop

ドブの近くのチャーィ屋で1時間半待っても、マチーノクマールは来なかった

通りの両脇のドブ川は、チョロチョロとは流れているが腐敗している
川の片側にゴミの集積所があり、道の中程に、幾つか山にして腐ったゴミが積まれていて、口を閉じて呼吸を止めて通り抜けるが、目から蝿が入るくらい大量に群れている

突き当たりを右に曲がると、ガンディーバスティーの細い通りに入る
駄菓子屋のおばさんにジョブのポスターを見せると、道行く若者を呼び止め、紙を持って何処かへ行くように指示した

青年の名はガンガーバットと言った

「おー、バラーナーム(大きい、名前)」

「アア、メーン、ナーム、ビック(私、名前、大きい)」
と悪びれる事無く答え、自分はアーチストと言い、ミュージシャンとも言う

さっき通ったゴミの山へ引き返し、ドブ川を渡り屋敷の中に入るように招く

セメントの庭があり、建物の前に女性や子供が並んでいる

ガンガーバットは、中に入るように手で指し何処かへ行った

部屋の中には、更に大勢の子供や赤ん坊を抱えた女性が集まっていて、病院かなとも思う

最奥の小部屋に、幕内の相撲取りくらいに太った女性が三人、机には十両くらいに太った女性がデンと座って居た
「カリムチャーリードーンルナー(社員、捜している)」

一番偉そうな十両くらいの女性に訴えると、十両おばさんはアレコレ細かく質問してくるが、何が聞きたいのか解らないので勘で答える 


パスポートを見せるように要求され、仕事中のスレンダーさんにモバイルして、部屋を借りて住んでいると証明してもらう

ここは、カラーカスト、トラスト、コミニティホールと言い
マネジャー(代表者?)はアイフオンサー

十両おばさんの名はアルピーとノートに書いてくれ、明日十時に来いと言われた
「スィル、アンダル、ティーク(頭の中がOK)ストリー、ティーク(女性もOK)」
女性ばかり目立つので、そう言って退室した
この辺一帯に顔の効きそうなおばさんなので、適当な人を紹介してもらえると思い安心して、メインバザールへ向かう

 ネットカフェのピンドーは今日も
「カル、エースィ、ティーク(明日、エアコン、OK)」と言った
3時間も打った日記が真っ白になったので、、ピンドーに何とかしてくれと訴えると、パソコンのキーをアチコチ叩いていたが
「ナヒーン、パヘラー(初めから)xxxx」やれと悪びれる事無く言う

昨日は停電とマウスが動かず、今日はこれだ

手際の良いおじさんの店に変わる

「失礼ですが、日本の方ですか」

三十五歳くらいのおばさんが、隣の兄ちゃんに聞いた



日本人かどうか、話したり確かめたりする事はほとんどないが、偶然三人並んでネットしていたようだ
19日の朝、大量の睡眠薬を飲まされ、この近くで兄が死んだので、タイから飛んで来たのだと話す

「すぐそこのホテルに泊まっていて、前の晩に書いた日記が残ってますし、18日のメールももらっていますから、夜遅くに何処かへ連れて行かれ、睡眠薬を飲まされて殺されたんです」
警察の捜査は自殺で簡単に終わり、ホテルへ行ったら、未払いのホテル代を払ってくれと言われたと憤慨している

「何も無いのに事件になる事はマレですから、原因があるとすれば、女か金が多いんじゃないですか」と口をはさむ
「睡眠薬を飲んだり、誘われて危険な所へついて行くような人ではありません、、女や金に関心があるわけではないし、今まで色々な国に旅してますが、そんな人では絶対にありませんでした」

女性は、こみ上げてくる涙をこぼしながら嗚咽した

ドキッ!、俺は誘われたら何処へでも付いていく、
前のインドでも、チラッと思ったが、何故、旅慣れない喋れない初心者の俺に、危険がないのか不思議だ


「すみません、こんな事を話して」と何度も涙を拭き、どうしたら良いのか途方にくれているようだったが、俺には助言する策も経験も無く、黙って聞くだけだった



日本にしろインドにしろ、殺人するには人生を賭けた大きな決断がいる、理由も無く容易に殺されはしないだろうと安心しているが、それでも狙われたらお終いだなと覚悟はしている



気色の悪い話を聞き、日記を書く気になれずブラッと外に出る

両足にできた豆の痛みは大した事はないが、寒い冬でも無いのに、かかとに出来たアカギレのようなひび割れが痛む、豆と同じで放っておけば治ると思っていたが、だんだん酷くなり、かかとを浮かせて歩く

メトロ駅の近くで、サイキールリクシャーが声をかけてきた、マダンだった

「ズヤーダー、タイム、モバイル、ティークナヒーン、ソーリー(多くの時間、携帯は駄目、ご免)」

と言い、両手でリクシャーに乗れと示す

マネーナヒーン、リクシャー、ナヒーン、カームナヒーン(金無い、自転車無い、仕事無い)と言っていたので、幾らで借りたのか聞くと

「エークデーン、パーンチルピー(一日、5ルピー)」と言った

今まで五ルピーの金が無くて、サイキールリクシャーを借りる事ができなかったのか、
何かの本で、サイキールを1日借りると、40だったか50ルピーしたような気がするが、ずいぶんと安くなっているようだ



マダンは百メートルほどの距離を、何故かグルリと大回りして駅に着けた

十ルピー出すと受け取った

この前、四百ルピーものプレゼントをしている

まさかこの距離で、金を取るとは思わなかったが、マダンらしいなとも思う

シャワーを浴びる時、足を点検
豆はつぶれて、皮が横っちょにとびだしている、黒く硬くなったかかとはヒビが広がり石鹸を付けるだけで痛い、中が膿んでいるような気がする

アカギレにはアカ落とすのが良いだろうと思い、痛みをこらえ思い切ってタオルで擦ってみる、目の玉が飛び出るくらい痛い

ゴミや汚濁の混じった泥の中をサンダルで歩き、破傷風にでもなったら危険だと思うが、うだるような暑い中、靴を履く気にはなれない

2008年4月23日

pagetop

ガンディーバスティーの、ドブそばのチャーィ屋の親父にモバイルを渡して、マノーチクマールにかけてもらい、紅茶を飲んで待つ

クマールは昨日と同じビルに連れて行き、熱心に怒鳴るが、昨日と同じで皆目解らない

石川さんがモバイルに出てくれた

「ヒンディー語を教えてくれる先生を、捜しているのかと言ってますよ」

仕事の手伝いをしてくれる人を捜していると言ってもらう

「自分が、貴方の仕事を手伝っても良いと言ってます」

えー? 給料は月に5000ルピーよ、ここの事務所代にもならないでしょう

誰か適当な人がいないか聞いてもらう

「明日までに捜しておくそうです」

サンキューと言って部屋を出るが、何となく当てには出来そうにないので、男達の集まっている所へ行き、ジョブのビラを見てもらいながらメトロへ向かった



ネットカフェ、ピンドウの店は暑い、どこの店も暑いが、ここは二階だから特に暑く感じる。扇風機が一台あるだけで、時々窓のドアを開けるが、狭いのでそばに座るとえらい邪魔になる

「カル、エースィ、ティーク(明日、エアコン、OK)」

とピンドーは、窓の上の動かないエアコンを指して言う

数少ないタバコOKの店で遠慮無く吸えるが、横と前に座った女性から二度ノースモーキングと言われた事がある

パソコンは古っぽく、スクリーンがプッチンして切れたり、突然マウスが効かなくなる事があり、その度にがっかりしながらもう一度書き直す

水をガバガバ飲んで日記を書き

三時頃店を出て昼食、      ─魚料理─44ルピー



サービスの良いおじさんの居るネットカフェに入る

座って十分も経たないで、又気持ち悪くなり座るのが困難になった

十ルピー払って外に出る

木陰で横になりたかったが、建物がビッシリ建っていて回りには木や草が一本も無い

今日は倒れるかなと思いながら、サイキールで駅まで運んでもらい、メトロに乗る

バンカー(天井の大型扇風機)にするか、クーラーにするか迷っていたが、歳のせいか俺の身体はえらく弱いようだ、この暑さにバンカーやクーラーでは耐えられない、高くてもエースィにしようと決めた



倒れる事無く部屋に着いたが、ベットから動けない

又三時間ほど寝たようで、気分の悪さは取れていた

暑いので、寝不足が原因かも知れない



汚い食堂へ行き、晩飯を食べる       

ダール(豆)のスープとチャパティ二枚       ─13ルピー

2008年4月22日

pagetop

子供達が、フォート、フォートと付いて来る中

今日もスラムで若者やおじさん達に、JOBの紙を見せ

「イエ、ビャクティ(人)ドーンルナー(捜す)」と聞いて歩く

若者は気の毒に思ったのか、エークガンター(1時間)ここで待てと指示し、ドブのそばのチャーィ屋で甘い紅茶を飲んで時間をつぶす

若者は俺と同年配くらいの、西洋白人のようなダンディーなおじさんを連れて来た

おじさんはクマールと名乗り、スラムの端の裏道に入る、

ここにスラムの面影はない、ビルの裏から階段を上り二階の鍵を開けて入る、電気をつけ窓を開け扇風機を回す、二十畳もある部屋に、椅子と一対になった机が三十も置かれている、その中の一つを無造作に引き寄せて腰掛け、俺にも座るように言う

「アープカルーム(貴方の部屋)」
「アア」と返事が返ってきた

何だかえらい金持ちのようだ

西洋風の男は、低い声でがなり立てるが、何を言っているのか意味不明

石川さんにモバイルするが出ず

「カル、アーヤー(明日、来る)」と言ってモバイルナンバーを聞き退散



今日も暑い、足のかかと痛みはだんだんひどくなっている

パハールガンジー、メインバザールの、メトロの駅名をまだ覚えられない

パハールガンジー、メインバザールで切符を買う

ピンドーのネットカフェで2時間ほどメールを打ち、息抜きをかねて別の店に入る  

ウナギの寝床みたいなネットカフェで、ここの髭おじさんの手際は良い

ジャパニーズアクシャル(文字)と言うと、パッパッとヤフーを出して日本文字が打てるようにしてくれる

サービスは良いのだが、通路が10センチか20センチしかなく狭い

30分も打つと、急に気持ち悪くなり、座っているのが困難になって店を出た

カンカン照りの中、サイキールでメトロ駅に行き、寒いくらいに冷えている車内の冷房が良かったのか、何とか部屋にたどりつき横になって休む

2、3時間寝たようで、目が覚めてもしばらくウトウトしていた

こんなに寝たら、夜は眠れないなと思っていたが、難なく寝れた

2008年4月21日

pagetop

ガンディーバスティー(スラム)で、30歳位のリーダーらしき男が

「スクリーン xxxx」だの、「TV」だの「カメラカーム」だのと言い

「スリー xxxxxxルピー」(3万ルピー?)と言う

「ノー、メーン、プロナヒーン(私、プロで無い)」と断ると

男は大勢の前で演説し、スリータウンゼントを要求し迫ってきた

「ノー、ノー、カメラ、カーム、ナヒーン(仕事でない)」と断り続けたら

ツータウンゼントに値下げして、俺におおいかぶさるようにまくし立て怒鳴る

周りの子供たちが、俺が以前撮った写真を見せて

「エーク(1)プリント3ルピー」と説明してくれる

何枚か写真を見て、男は態度を変え、付いて来いと手招きして、何度か通った高い壁と家の間の狭い道に導き、洗濯している女性を撮れ、子供をあやしている女性を撮れ、これを写せと指図し始めた

「アープカ、タヘカルナー、ナヒーン(貴方、決める、ダメ)」

写せと言った人を指して

「イエ、タヘカルナー、ティーク(この人、決める、OK)」

男はOKと返事したものの、あそこはどうだ、ここはどうだ「イエ、イエ」とせわしなく催促する

うまい具合にフイルムが切れた

JOB(募集)の紙を男に見せる

男はスラムと向かい合う建物に入り、背の低い男を連れて来たが、七÷十六=が出来なかった

今度は事務所の中に俺を招き、ノートを貸せと言い、ノートを出すと、何やらつぶやきながら15000ルピーと書いた

「ワンファイブゼロゼロゼロ、チャーヒエー(欲しい)」と聞く

「アア」

「ノー、ファイブゼロゼロゼロルピー(5千ルピー)」と言うと

10000と書き直したが、俺はまた5000と言った

男は出て行けとわめき、ドアを指差す

「こんな安い金で、こんな難しい計算の出来る奴は居ない」とでも言ったのだろうか

男が計算する事は無かったから、1万ルピー出せば、捜して来てやると言ったのかも知れない

四、五人の男が集まっている所へ行き

「イエ、ヒサーブ、ティーク、ビャクティ、ドーンルナー(この、計算、出来る、人、捜す)」

声をかけて見るが、話は山ほどするが、誰も計算には手を出さない

サラク(道)の端まで行き引き返す



カロールバーグのダークガル(郵便局)まで行き、高先生に頼まれていた、ヘナを荷造りしてもらって送り、サイキールリクシャーでメトロ駅に行き、メインバザールへ向かう



メインバザールの中程にある、ピンドウの店はタバコを吸っても良いのだが、外に出て息抜きのタバコを吸ったり、飯を食いに行ったりしながら、夜まで日記メールを書く

2008年4月20日

pagetop

日本にいて、時計が無くて困ったことはないが、ここではホテルにもネット屋にも無い、動くには何かと不便だ

屋台の時計売りは、三年半前、ローレックス等メーカー品を400とか500ルピーと言っていたので、インド製の時計は幾らなのか聞いたら、125ルピーだと言う

ハーフサール(半年)の間にカラーブ(壊れる)したらチェンジしてくれるかと聞いたら、ティーク(OK)と自信ありげに言うではありませんか

この時、俺は大変な思い違いをしている事に気づいた

インドの安時計は、すぐに壊れる品物とばかり思っていたが、多分、この時計は壊れることなく、半年以上動き続けるであろう

80ルピーから交渉して、100ルピー(280円くらい)で買った



インドの技術のレベルは相当低い。ノートの紙は黒く、白い紙は透けて裏の線が見える、5人ほどが働く大工さんの店は、細いカンナを一丁持っているだけで、ノミは持っていなかった。これで何が作れると言うのだろうか、絵を描いて、トレースする謄写台を作って欲しいと言ったら、インド人にそんな難しいことは出来ませんと言われて苦笑した、しょうがないので板を買って来て、絵を見本にあれこれ指図して切って貰った。これが千年も二千年も前から、変わりなく受け継がれた大工の技術なのだろうか、

多分、車もテレビもインド製は粗悪であり、金があれば誰も自国の製品には手を出さない品物ばかりかと思っていた



しかし考えてみれば、何年もかけて習得する技術などあるのだろうか、金を出して買ったカンナを擦るのに何分もかからない
若いころ、草野球のチームに居た学生が、寿司屋にアルバイトに行き
「寿司を握るのに五年も十年もかかるって言うのは嘘ですよ、どんな馬鹿でも30分で握れますよ」と言っていた
今は機械が寿司を握り、秋葉原コスプレの姉ちゃんが握っていると聞く

インドは鉄アレイの玉のような知識層の下に、細く長い握りがあって、その下にバーベルのワッカのように、大勢の知識のない民がいる
技術大国日本の安価な技術の多くは、インド時計の安さに負けて消える

10年後か20年後か、もっと先かも知れないが、そう遠くない頃、インドの鉄アレイの細い握りが太くなるにつれ、日本の技術は細くなって壊れ、インド化するような気がした



午前中はネットカフェにいた。スレンダーさんよりモバイルあり
「キョウネ、ルーム、ダイジョウブネ」
ホテルの支払いを済ませてパテルナガルへ向かう
1時半、借りる事になっている部屋に着く、部屋は壊れかけの机ひとつ残して空になっていた
スマンさんが机は後で取りに来ると説明
「サイキールリクシャー」を翻訳してくれた石川さんが、二時半から三時までに来る事になっていて、翻訳の表記を、ナレンダーさんがチェックしてくれる
二階に上がると、ナレンダーさんが居ない
子供に聞くと、奥さんとマンデル(寺)に行ったと言う
石川さんを駅まで迎えに行き、ナレンダーさんにモバイルしてもらうと、三時には帰ると返事
「インド人の3時は、4時か、5時か、夜かな、帰ってくるのかな?」
「どうでしょう、うふふ、待つしかないですね」
4時。ナレンダーさんはオートバイに奥さんを乗せ汗だくで帰って来た、ダスミナト(10分)休憩をくれと言って二階に上がる
5時になっても降りて来ないので、さすがに迎えに階段を昇りはじめると、だっだっだっと廊下を走り、勢いよく階段を下りて来た

部屋には蛍光灯が一本しかなく、反対側の一本は壊れていた、バンカー(ファン)を取り付けるための、天井に二箇所穴が開いて、電線が二本づつ垂れている、クーラーも扇風機も無いガランとした部屋に、前に買って残していった机を運んで、インドの言葉使いや、文章や文字に間違いがないか、二人で検討していく
俺はただ横の椅子に座って聞いているだけ
聞いても解らないが、問題があれば役立つかも知れないと思い聞いている

それにしても暑い、これから毎日をこの中で過ごすのはきつい



石川さんナレンダーさんに、スレンダーさんと天井に付けるバンカーを買いに行く事を告げ店に向かう

足に釘を刺したスレンダーさんは、大分良くなったのか、包帯も取ってビッコもひいていない、会社へは水曜日から行くらしい

バンカーは、千二百ルピーから八百ルピーと思っていたより安いが、クーラーは四千八百ルピーだと言う

扇風機の風は息苦しくて好きではない、中古のクーラーを探して、オートで40ルピー先の街まで行くが、全て新品の店ばかり

どの店もなかなかしぶとく負けない、二千六百ルピーのは二千百にならず、二千四百は二千百ルピーになると言う

四軒回って千九百ルピーのを買う事に決めた

支払える金を持って無かったので、明日来ると言ってワーパス(戻る)



9時少し前に「サイキール」のチェック完了

ナレンダーさんはどう思ったのか、石川さんにストーリーの感想を聞いてもらうと、

「日本人には面白いかも知れないが、インドではよくある話だと言ってます」

昼間、マンデルへ行った疲れからか、グッタリした顔をして、ソソクサと2階に上がって行った



クーラーが、千八百ルピーで買えたと自慢したら

「水に風を当てるので、風が強いし、音もうるさいですよ、机で仕事をしていたら、紙なんか飛んじゃいますよ」

「・?・・?・・・・?、クーラーってエアコンじゃないの?」

「違います、扇風機の風を水に当てるんです」

それじゃ、1度か2度しか違わないじゃないか、安いはずだ



石川さんとコンノートプレイスへ行き、御殿のような店で食事、

てんこ盛りの焼き飯を出されて、量の多さに笑ってしまう

「いかにインド人でも、これ全部は食べれないでしょう」

「ですから、一人で来て食べるのは無理です」

石川さんが別の皿に分けて取ってくれる、ああそういう事ですか、分けて食べるのね

焼き飯は美味しかったが、もう一品の肉団子は辛くてまずい

サラダを注文してもらうと、生のにんじんの輪切り、生たまねぎのスライス等が食いにくく残す

食事代=860ルピー

普段の食事の二、三十倍だな



机と椅子の置かれた部屋で、隣から長椅子を運び、毛布とシーツを借りて横になるが、暑くて眠れない

布を敷いてシーツをかけて寝るが、暑くて眠れない、石のタイルの床はヒンヤリしている、床に毛布をしいてみるが暑い、シーツの上に寝てみるが、弾力の無い石の上に寝るのはきつい、横向いたりうつ伏せになったりするが、とても眠れるとは思えない

また毛布を敷いて寝る、暑いのでパンツとシャツで直にタイルに寝る

こりゃ眠れないなと思いながらもいつの間にか眠る

2008年4月19日

pagetop

今日も、日記書きの日



疲れるとネット屋を出て、息抜きしながら別のネット屋へ移る

以前はヤフーを出して、ひらがな転換が割りと簡単に出来ていたのだが、今は一手間も二手間も増えて、英語の出来ない俺には難しく、店員を呼んでひらがなが打てるようにセットして貰う

パラダイスホテルの隣にあるネットカフェは、極めてサービスが悪い

「ジャパンアクシャルチェンジ」と呼びかけても、首を一寸振るだけでパソコンと遊んで動こうとしない

トイレに入ってウンコした後、、右手のカップから水を落とし、股間を通した左手で尻の穴を指で洗うと、指を伝って手首の時計から水が落ちていた、良い時計ではないので濡らしては故障すると思い、別の蛇口に引っ掛けてから尻を洗いなおした

「おーい、ジャパンアクシャルチェンジ」

店員は、ようよう腰を上げて来てセットしてくれる

腕に時計が無い事に気づき、急いでトイレに戻るが何処にも無い

ホテルのボーイに「ウォッチ、カハーン」と言って捜して貰うが期待してはいない

バッグにもポケットにも、腰に巻いた袋にも入ってなかった



誰かが声をかけてきた、振り向くとマダンだった

汚れた黒っぽい長袖の上着を着て、ナイロンの大きな袋を担いでいた

「カム」と俺をどっかへ連れて行くらしい?

何処へ行くのかわからないが彼の後から付いて行った

タバコを要求され、渡すとマダンは自分のポケットに入れた

インドへきて1週間もたっていないが、一昨日より昨日、昨日より今日と暑くなっている気がする

右足ばかりか、左足の薬指にも豆が出来ていて、さらにかかとが霜焼けのようにひび割れている、ほっておけば治るだろうと思っているが結構痛い

彼は先にたって歩き、足の遅い俺を待ち、追いつくと又先を歩く

担いでいる袋の中には、小さいナイロンやペットボトルが入っている

「イエ、アープ、カーム(これ、貴方、仕事)」

「アア、エークキロ(1キロ)、パーンチルピー(5ルピー)」

そんなに安いの。ほとんど重さの無いナイロンを1キロ集めるのは大変そうだ

しかもかさばるからそれほど一度に集められない

1日歩き回っても何キロも集められるとは思えなかった、



マダンが連れて行ったのは公園だった

あの工事中の狭い公園ではなく、草の原っぱが山のようにうねる長い公園だった

宿無しなのか、この公園の仕事をしている人の宿舎なのか、テントがアッチに二つこっちに三つと立っている

「イエ、パーラクアッチャー(ここ、公園、良い)」とマダンは俺に聞き

草の山に上って休む

「アッチャーパーラク(良い、公園)」と又聞いた

「アッチャーパーラク」と俺も答えたが

実は公園が狭かろうと広かろうと、どれほどの意味があるのか俺に関心は無い

肩が凝っているから揉んでくれと言うと、50歳と思えないほど握力が強い

ついでに足も揉んでもらい、体重がなさそうなので背中に乗って踏んでもらう

3人組の若者が奇怪に思っていたのか、一人が近づいて覗きに来る

マダンの背中を掴んで、揉んでやると言うと

「ナッ、ナッ」と忙しく手を振って断わられた



所々片言にしか解らないが、マダンの家族はデリーから遠く離れたデーシュ(国)におり

「メーン、マネーナヒーン(私、金が無い)、ワーパスナヒーン(戻れない)、ファミリーナヒーン(家族は無い)」と言っていたが

「オートリクシャーxxxxヒフティーンルピーxxxxxファミリーxxx」と話し出し

オートで50ルピー行った所に家族が居ると、熱心に何度も、俺が理解するまで語る

何だか、この前の話と随分違う

ライスに50ルピー、オートが往復で100ルピーかかるが行くか

「ファミリーカーナーメイク、アープカイート(米の料理をつくったら食べるか)」

主の彼が乞食に近い生活をしているのだから、家族もそれなりの貧しい生活をしているだろうに、何故俺に食べに行くかと聞くのか理解出来なかった

多分50ルピー先の家族に会いたいのだろうと思い、マダンのファミリーはどんな家族なのだろうかとも思う

「ティーク(OK」と返事した

「ワーパス」と言って、アチコチに落ちている、ナイロンやペットボトルを拾いながら、来た道を引き返す

俺も土に埋まっているナイロンなど引きずり出して、マダンに渡すと半分ほど捨てた

ペットボトルは全てOKなようだが、ナイロンは良い物と悪い物があるようだ

袋を「ボス」に渡してから行くと言っていたので、どんな所へ売るのか見たいと思っていたら、始めてあった溜まり場近くの茶屋の後ろに、三分の一ほど入ったナイロン袋を置いて行こうと言う

何だよ、茶屋がボスかよ

売りに行くには量が少なく、1ルピーにもならないかも知れない



小さい穀物屋で、あれこれライスを物色するが中々決まらない

アッチャーライスは80ルピーだと言うので、OKと言って清算してもらうと

「330ルピー」と店の主人は言う

マダンは大きな袋を二つ抱えた

5キロではなく、10キロの米を2つ買ったようだ

それは無いだろうと思いながら、そのチャッカリしたやり方に、しばらく笑いが止まらなかった

更に情けない顔をして、メイク(料理)するには

「テール(油)チャーヒエー(欲しい)」70ルピーだと言って、又笑わせる

一杯食ったなと思うが、ここまで来たら出さない訳にはいかないとも思い、400ルピー出す



オートで60ルピー行った所に、マダンの家はあった

乞食ばかりの住む、テント小屋を予想していたが、意外にもセメントと石で区切られた家で、庭があり、犬がいてやかましく吠え立てる

家の中は、四畳半くらいの四角いセメント部屋で、スレンダーさんが、この前俺に進めたセメント部屋より少し大きい、

インドに来て初めてサンダルを脱いで入るように言われる

腰ほどの高さのベッドが、部屋の三分の一ほど場所を取り、天井にバンカー(扇風機)壁側にクーラーが取り付けられていて、ゴミ一つ落ちてないほど掃除しているようだった

女性が二人居て、三十歳位の人がワイフかと聞くと二人とも娘だと言う

モバイルを貸してくれと言い、最後のタバコを吸うかと出すがプレゼントした

「カーナーメイク(料理は)チャパティ、ライス?」と聞く

米を二十キロも買って、チャパティは無いだろ

「ライス」

マダンはOKと言い、ベッドで横になって休んでいろとジェスチャーして外に出た

お姉さんがグワングワン鳴っていたクーラーを止め、紅茶を飲むかと聞くが、厳しい顔はあまり歓迎されているとは思えない



モバイルを使うのはマダンだと思っていたが、若い娘の声が絶え間なく聞こえる

親戚にでも連絡しているのだろうか

紅茶を飲んでもマダンは帰って来ないので、外に出てみたが何処にも見当たらない

部屋に戻ると、姉さんが直ぐ飛んできて、足を指し、サンダルを脱いで入れと言われ、あわてて入り口に脱ぐ

マダンは三十分ほどして帰って来た

「モバイル」と言うと、娘が使っていると手で示し、又直ぐ何処かへ出て行った

17、8くらいだろうか、娘は表を行ったり来たりしながら、時には甘い声を出して話つづけていた

俺はベッドに横になったり座ったりしながら、料理の出来るのを待ったが、1時間をゆうに過ぎた頃、外に出て

「モバイル、カム」と言った

丁度マダンが帰ってきて、モバイルを返せと言うが、娘はそれから三分ほど喋った

「イートナヒーン(食べない)ワーパス(戻る)」

俺はマダンに告げ外に出る

マダンはキョトンとし、俺の手を取って止めた

「モバイル、エークガンターズヤーダー(一時間、多い)」

「OKズヤーダー、xxxxxxxxxxxxxxxx」

もうメイク(料理)が出来るから、イート(食べて)行けと言う

「ノー」

食いたく無いから帰るのだ

マダンよ貴方や貴方の家族は、他人に厳しく自分に優しい

俺はそういう人間は好きではないのだ

サンダルで室内に入る事に、インド一厳しい家族なら、他人のモバイルを一時間も使ってはいけない

大通りでオートリキシャーを見つけ、俺が乗るとマダンも乗ったが

「メーンファミリーxxxxxxxxx」食べる真似をする

「OK、ティーク」と言うと、マダンはリクシャーを降り、家族の待つ家の方へ行った



メインバザールへ戻った俺は、ネットカフェを梯子しながら、モッチャリモッチャリと日記を書き続ける

2008年4月18日

pagetop

デリー駅前の食堂街で、以前食べて美味しかった魚を捜して歩く

単品だと一切れ10ルピー

メニューと言って、メイクした料理を頼む

カレースープに魚を入れて出されたが、ビッチリと魚の味を殺した、えらいまずい料理で全部は食えない=75ルピーは途方も無く高い



今日は部屋の空くまでの待ち日なので、朝からネットカフェに張り付いて、日記を書く事にする

昼過ぎネズミを動かしても、カーソルが利かなくなり、カフェのピンドウに何とかしてくれと頼むが、ナヒーンと首を振る

ニッチもサッチもいかないので、あきらめて最初から打ち直すと、カーソルは正常でなんとも無かったが、夕方、又同じことが起こった

同じ台で打ち続けた俺もうかつだが参った

ほとんど1日パー

暑い中、ブラブラして気をまぎらす

デリー駅前の食堂街で、朝の魚を違う店でもう一度注文する

美味いじゃないか=25ルピーと安い

同じに見えるが魚の種類が違うのだろうか?

2008年4月17日

pagetop

5時目覚め


夜の明けきらぬメインバザールをうろつく
薄暗くほとんど人の居ない通りで、身なりの粗末な男がマリファナ、ハシシと小声で話しかけながら付いて来た。断っても断っても、チョット離れてまた近づいて話しかける、声のかけ方が中々テクニシャンで何処となく人なつっこい、紅茶をおごってくれと言うので二人で一杯ずつ頼んだら、いつの間にか仲間が二人寄って来て、彼の小さなカップからチョビチョビ分けながら飲む

「アープ、ブーク、ナヒーン(貴方、腹は減っているか)」と身なりの粗末な彼が聞く。腹が減っているのだと思い

「カーナーイートOK、カハーンイート(食事OK、何処で食べる)」と言うと

あっちで食べれると先になって歩く

おじさんの名はマダンと言い50歳だった


どっかで聞いたなと思っていたら、昨日アパートの部屋を紹介してくれた人と同じ名だ

マダンは、こっちだこっちだと手で示しながら、どんどん細い道へ入って行く

マリファナ売りが商売かと聞いたら、ノーと答える?


ここメインストリートを、昼か夜に歩けば、2、3人か4、5人の、身なりの粗末なマリファナ売りが声をかけて来る、多分職のない彼らは麻薬の売人ではなく、客が見つかれば売人の所へ走り調達するのだろう

マダンは、サイキールリクシャーが仕事だったが

「カムゾール(弱い)」と言い、立ち止まって自分の足をバンバン叩き

「リクシャーナヒーン(自転車無い)、カームナヒーン(仕事無い)、マネーナヒーン(金が無い)」と嘆く

それにしては足取りがしっかりしていて早い、歩いては俺を待ち、歩いては足の遅い俺を待つ

何処の飯屋に行くのか、まだほとんどの店は開いてない


広い通りに出ると、男たちは彼方此方からマダンに話しかける、どうやらこの辺りの顔役のようだ

三叉路の中洲に飯屋らしき跡が3つあり、マダンは「ウオオ」と叫び、真ん中の店の人に、右端の店はどうしたと聞いた

真ん中の店の人は、うちの飯を食って行けと進めているように見えるが、彼は両手を放り投げるようにして飯屋から離れた

マダン、マダンと言う仲間らしき人の声に耳を傾ける事無く、彼はドンドン歩いて行き、時々振り返って、遅い俺に足は大丈夫かと聞く

タクナー(疲れた)と言って腰掛けタバコを吸うと、横に座って自分にもくれと言い、ペットボトルの水を飲むとマダンも飲んだ

初めはインド人が飲むように、口とペットボトルが引っ付かないように飲んでいたが、すぐに俺と同じようにボトルに口を引っ付けて飲むようになった

1時間か1時間半も歩いて、どんな飯屋が待っているかと期待していたが、見覚えのある町並みの通りへ戻った

マダンは、立っている仲間らしき5、6人の中へ入って何やら話を始めた。さっき紅茶を分けて飲んだ2人も居る

俺は可笑しくて、腹が痛くなるほど笑った

「カーナーイート(食事をする)、エークガンターグームナー(1時間歩いた)、イエワーパス(ここへ戻った)アブイートナヒ−ン(まだ食ってない)」と言うと

インド人達も笑いながら、マダンの頭を指差して「アア、クレイジー」と俺に言い、マダンは小突かれしょんぼりしていた

幸い俺は精神病はさほど苦にならない

近くのチャパティ屋が始まるのは8時半からだと言うので、まだ50分もあり、8時半に来ると言っていったんホテルへ帰る


9時頃戻ってくると、マダンは当然のようにタバコをくれと言い、飯屋に入るとゾロゾロと仲間も入って来る、お好み焼きのようなチャパティとダール(豆)五皿で96ルピー

「アープカ、マゼダール、ジャゲー、ティーク(貴方、面白い、場所、知っている)?」

「アア、ティーク(OK)」

マダンは30分ほど歩いて、土産物屋に連れて行ってくれた

「アープカダスミナト(貴方、十分)」

俺が店に十分入っていると、二十ルピー貰えると何度か言うが、欲しい土産が無いので、拒否

店から日本語を話す人が出てきて

「見るだけでもいいですよ、どうぞ」と言われるが、拒否


次に工事中の小さな広場へ連れて行った

「パーラク(公園)」と言うが、何もない小さな草っ原でしかない

「イエ、マゼダ−ル、ジャゲー(ここ、面白い、場所)?」

「ナッ、マゼダールナヒーン(面白くない)」とマダンは言い

ラールキラーやタージマハルはバホットマゼダールだが、バホットドール(とても遠い)と言う

俺はラールキラーに十度は行っているが、城の中に入った事はない

興味がないのだ

職のないマダンの暮らしの中で、何を面白く楽しんでいるのか、知りたいと思ったのだが、そんなものは無いのかも知れないと思い彼と別れた



「日本人ですか」と隣のホテルに宿を取った伊藤さんに話しかけられる

全日本体操競技を3連覇したと言い、歳は50歳

俺より背は10センチも低いが、肩の筋肉が盛り上がっていて精悍な感じがする

「小野喬が考案したシュタルダー?って技がありますよね」と話すと

「あれは僕の先生の名をとって遠藤って言うんですよ」

「ああそうでしたか、40年も前の話ですから、すみません」

日本がボイコットした、モスクワオリンピックの頃はボートの選手に転進し、自転車のロード選手として走ったと言う

それから建築の仕事をして、本を一冊だけ書いたらベストセラーとなった

ホテルには百ルピーで泊まって居ると聞いて、これは凄い人だと思った

「どうやって、百ルピーに値切るんです」

「勘ですね、何となく負けてくれそうな時はわかるんですよ」

スポーツをするのも、商売をするのも同じようなものだと思うのですが、人の才能を伸ばすのに一番に必要なのは金で、二番目が本人を取り巻く財産で、個人の能力は三番目ではないかと言ったら

「僕もそう思います、浅田真央姉妹がアメリカ人のコーチに1千万ずつ払って、年間四千万の金を出せる親を持たないと、世界一にはなれなかったでしょうから」

俺の話に相槌を打つ人は珍しい

「金が無い人は、スタートのラインに並べないんですよ」

「そう思います」

話が合うのか、コーヒー屋を出ても、メトロの駅まで喋りながら歩いた

サラク(通り)で、包帯を巻いた足でびっこたんして歩くスレンダーさんと会った

「ルーム、ドーンルナー(部屋を探している)」と言い路地に消えた

隣の人も出て行く部屋を捜しているが、自分も探してあげていると言い

チョット来てくれと連れ出され、一辺が2メートル半か3メートル程で、上下左右前後と、入り口のドアの分だけくりぬかれたセメントで造った四角い家に連れていかれ

「アープ、ガル(貴方、家)」と言う

「???」

隣の人が出て行くまで、ここに住んでくれないかと言う事だった

蒲団を敷けば40センチほどしか隙間が無い、窓は無くいかにも暑そうだ

俺だけでなくチョット大きな牛でも入る事を拒否しそうな部屋だ

プッと噴出し拒否したが、どんなつもりでこの部屋を薦めているのか、隣の人が出て行くのは何日も先になるのではないかと不安になる


隣人は、スレンダーさんの部屋に、憮然と入ってきて何やらまくしたてる

勢いに押されて、石川さんにモバイルした

「自分だけまくし立てて人の話を聞かない人ですね、すぐ出ていけと言われても無理でしょと言ってます」

「やっぱり、無理ですね」

スマンさん、スレンダーさんは

「メーン、ルーム(私、部屋)」と強調して、隣の人を放り投げる真似をした

「追い出すのはまずいでしょ」

憮然と部屋に帰った隣人の所へ行って

「ツウーゼロディーン(20日)ナヒーン(駄目)」と聞きなおした

隣の人は入り口まで来て

「ラグバグ(大体)」、20〜25と書き

25の数字を指して、ラスト、と言う

「OK、ツーファイブ、ディーン、ティーク(25日OK)」と返事すると

「サンキュー」と手を出して握手を求めて来た

「?????」

何だか解らないが、円満に解決したような気がする

20日がリミットと区切ったので、スレンダーさんが、早く出て行くようにせかしていたのかも知れない

ウッタルナガルのマダンさんの部屋は、2階で明るく4部屋もあり、階下にインターネットのカフェがある、中々魅力的だ

ここの部屋は8〜10畳部屋が一つで、1階で外窓は無く昼間でも真っ暗いが、何度も行ったスラムが近くにある

うどん屋はスラムから始めたいと思っていた

ウッタルナガルにも、スラムはあるだろうが、一からやるより良いだろう

マダンさんに、こっちの部屋に決めましたと、断りのモバイルを入れた


2008年4月16日

pagetop

スレンダーさんに、今日は隣の部屋の人は帰ってくるかと確かめ「ツーゼロデーン(20日)リミット」と告げる

「アア、ティーク」とは言うが、なんとなく信用できない

遠くに奥さんが住み、デリーで仕事する彼は、隣の部屋から会社に通っていると言う、一年半前に3回、今回も3度ここに来たが、いつも電気が消えていて会った事がない

スマンさんが出してくれた食事をご馳走になり、夕方来ますと言って部屋を出る


夜はそれほど暑くはないが、昼は暑い

まだまだ暑くなると言う

インドへ来るとよく歩く、足がパンパンになり骨の芯が凝っていて、限界が近いなと思いながら歩いている

薬指に指の半分くらいの豆が出来ていて、破れれば治るだろうと放っているが、それもチクチクする


カメラ屋ヘ寄り、フイルムを入れて貰って、主人にプリントの値を聞き

プリント1枚=3ルピーと書いて貰い、スラムへ向かう

スラムへ行く時はよくウンコを催す。何処と無く緊張しているのだろう

引き返すかどうか迷うが、出たらままよと強行突破

客の顎を剃っていた散髪屋の若い兄ちゃんに、

「サーハブカハーン」と聞くと髭をそっていて手を止めて、そばに来て何やら親しそうにやかましく喋る

大人が3人と供達がゾロゾロ入ってきて店は一杯になりワイワイする

顎を剃られていた男まで、散髪台から身を乗り出して何やらわめき、子供は出て行けチェイチェイと追い払う

「アープカカーム(貴方仕事)、メーンカームアントカへナー(私、仕事、終わる、喋る)」と言い、後ろの椅子に腰掛ける

兄ちゃんは喋りを止めて散髪台に向かい、髭を剃られていた男は、「おっ」と言って真っ直ぐ鏡を見る

この前、サーハブ自ら貼ってくれた、従業員募集のポスターが無い

「メーン、カーガスナヒーン(私の紙が無いカハーン(何処)」と聞くと

待っていたように、剃刀をを持った兄ちゃんが寄って来てわめき、髭を剃られていた男も又身を乗り出して怒鳴り、子供達もいつの間にか店に入って来ていて、ヤイノヤイノと言うが、何を言ってるのか全然解らない

フオートーと言う言葉だけは解る

子供達も写す真似をするので、さっきカメラ屋で一枚3ルピーと書いて貰った紙をみせて

「エーク(1)フオートー、スリールピー」を宣言する

又、子供は追い払われ、剃刀兄ちゃんも剃りかけの髭おじさんも、3ルピーで写真を撮ってくれとポーズを取る、その前に子供達が四方から顔を出してポーズを取る

払えるのかなと思いながら、3ルピーOKと聞くが聞いても、イエーと言ってひるまない

人がゾロゾロ寄ってきて、こんなにごったがえしては散髪屋は仕事にならないと思い

「バードメン、アーヤー(次、来る)」と断って店を離れる

女性や子供を抱えた母親も、撮ってくれと大勢が寄って来るが、1枚3ルピーの紙を見せると、すごすごと消える少女もいた

ああ、俺は変わったと感じた

一回目のインドは怯えがあった、何処と無く危険を予防しながらデリーを回っていて、子供がいたずらに横や後ろから小突くと怒ったが、今は怒った顔をするだけになった

このスラムの中に入ってもビャクテイ(人)達に囲まれても、危険だと思わない自分が居た

慣れた頃が危ないと、インドへ来る前に高信太郎先生が注意をしてくれたが、行ける所まで行くのも俺らしいかなとも思う

そうは言っても、嫌がる事だけはやってはいけないと心がけ、スラムの中を歩き、写してくれと言う人をパチリパチリやる


夕方帰ると言っていた隣の住人は、7時半を過ぎても帰って来ず

「アージナヒーン(今日は駄目)」とスレンダーさんスマンさんが言う

これだものな

二十日に部屋が空くのはは間違いないかとしつこく聞くと

「アア、テーク(OK)ラグバグ(だいたい)」

参ったな

とにかく明日もう一度来て、隣の人と会って、部屋を代わる用意があるかどうか確かめる事にした


パハールガンジ、メインバザール近くの、メトロの駅名を何度聞いても覚えられないので、パハールガンジから乗る、切符売りがそんな駅は無いと言ったり、怪訝な顔をするとナインルピーと補足して切符を買う

良く知っている、カロールロールバーグの駅から2つ目で降りるのだが、時々見知らぬ駅で降りてしまう

メインバザールはここで良いのか、ここはパハールガンジかと、知らん顔する駅員に聞いていたら

「ここは、パハールガンジじゃありません、私が連れて行ってあげます」

日本語を喋る親切な駅員が、改札を入ってホームまで案内してくれた

「私駅員じゃありませんよ、私お客です」

男の名はマダンと言い、インドで何していますかと聞く

「部屋を捜しているのですが、中々決まらないので困っています」

「私の部屋見て下さい、見て良かったら貸します、行きますか」

「え?」

マダンは日本人相手の観光ガイドをしていて、今はオフで休みが多いと言う

「給料はたったの3万8千ルピー、安いです」

「エー、十万円も貰っていたら、えらい高いんじゃないの」

「でも日本人に比べると安いです」

メトロの終点1つ手前の駅で降りた

割と大きなアパートで、1階に両親と弟と住んでいて、貸すのは2階だと言う

入り口から入って8畳ほどの部屋があり、奥に台所、左手に通路を挟んで6畳部屋が2つ、右手ににも6畳部屋があって、ガラス張りの明るい部屋で、広くはないがバルコニーにつながっている

6畳一間で5千ルピー、3つ貸すと1万5千ルピーですが、全部借りてくれたら8千ルピーですと言う

う〜〜ん。チョット高いが借りるとしたら、全部だよな

俺が全部借りるように値をつけているようにも思える

しかし、懐かしい間取りだ

インドへ来て初めてアパートを紹介された時も、8千ルピーでこの間取りだった

その時は契約書も領収書も書けないと言われあきらめた

「隣の人が部屋を捜してしまっていたら悪いので、返事は明日でいいですか」

「解ります、この部屋入る時、6ヶ月分前払いして下さい」

外人に部屋を貸すと、税金や書類が面倒なので契約書は書けないが、領収書は書きますと言う

「明日夕方モバイルします」

マダンに駅まで送ってもらって別れた

2008年4月15日

pagetop

5時半目覚める

朝食65ルピー

「メヘンガー(高い)」と言うと

 チャパティーと豆の料理 (まずい) =45ルピー
 ヨーグルト (日本と同じ味)    =10ルピー
 コーヒー (甘すぎる)       =10ルピー

と説明してくれるスレンダーさんの部屋へ行き、昨日は何故出かける前に、モバイルしてくれなかった

「ロスタイムズヤーダー(多い)」と言うと

部屋の鍵は開けていたと言う

万事これだもんな。ドレスのプレゼントはいらないと言うことなのだろうか?

隣の人はどう言ってましたと、気になる部屋の事を聞くと

「カへナーティーク(言う、OK)」と言うが

言っただけで、具体的な話は何もないようだ以前インドへ来た時に使った
「7÷16=の出来る人、5000ルピーで雇いたい」をコピーしてスラムへ行く

昨日写真を渡した散髪屋で、この計算の出来る人はいないかと聞き、もし居たらモバイルしてくれと頼み、二台ある散髪台の後ろの壁に張らしてもらう
何軒かの店に張らしてもらおうと、コピーを見せて聞いていると、子供達にアッチの店がいいと連れていかれ、何を売っているのか解らないが、店の親父はOKと首を傾けてくれるこのスラムで、唯一7÷16をスラスラ解いた、モバイル屋(多分)の兄ちゃんが居た

彼は兄貴分のように、若者をゾロゾロ連れて歩いていた

もうここへ来るなと追い払われたが、彼に頼めば、良さそうな人を紹介して貰えるかも知れないと思いスラムの中へ入る

デリーの街で蝿を見る事は少ないが、ここにはアチコチのゴミに群がってドッサリ固まっている

中は何処となく様子が変わっていた

すり抜けるような幅で家が並び、ドロドロの小道は残っているのだが、メインストリートとおぼしき2メートル幅くらいの小道が新しく出来ていて、両脇に小さくて粗末な店が何軒も出ている

所々に立て壊している家もあり、新築なのかブロックを積んでいる家もある
モバイル屋は、1メートルもない細い路地に紅茶屋とならんであり、スラムの唯一の商店街かと思っていたから、変貌にチャオンクナー(驚く)

携帯屋の兄ちゃんを捜して回るが、狭い道や、家の入り口に居た子供や女性が

「フォート」と言って、写す真似をして自分を写してくれと招く

「カメラナヒーン」今日はカメラを持って来ていない

「メーン、サームネーアーヤー(私は前に来た)」

モバイルドカーン、チャーイドカーン(携帯屋、茶屋)ドウードカーン(二つ、店)カハーン(何処)とたどたどしく聞いて回るが、皆首を振る

行き止まりだったり、家の中へ入ってしまったりしながら捜してみても見つからない

あきらめて通りに出る

通りの若者達に募集の紙を見せると、ドッと寄って来るが読めない人が多いようで、読めそうな人に渡す、彼やその隣の彼が読み終わるのを待って

「メーン、カームパートナードーンルナー(私は、仕事のパートナーを探している)」

と言っても、イマイチ反応が悪く移動する

大勢に囲まれてあれこれ聞かれるが、言われている事はほとんど解らない
「メーン、パートナードーンルナー(わたし、パートナー捜している)」
と言うと、今度は彼らが黙る

こりゃ難しいなと思い、ジックリやろうぜと自分に言って、スレンダーさんの部屋へ戻り、シャワーを浴びてホテルへ帰る


2008年4月14日

pagetop

5時半に目覚め眠れない

お尻がモヤモヤするので、トイレすると親指位のがチョロッと出る

尻を洗う水が湯に変わった

インドのホテルで、湯が出るのは初めての経験で、体をシャワーする

7時、デリー駅近くの飲食店街へ行く

 油で揚げたチャパティー =米ほどではないがチャパティーよりうまい
 豆の盛り合わせ     =まずくはないがうまくもないし辛い
 カルピス        =1メートル以上もあるフライパン形の大鍋に
              ミルクを入れて温め、上澄みをコップに入れ
              る以前から一度食べたいと思っていたが、見
              た目はヨーグルトで味は冷やしたカルピスだ
              った
              うまいが甘すぎる
                        ──食事代25ルピー

11時ホテルをチェックアウトして、オートで以前部屋を借りていたスレンダーさんの家へ向かう

部屋のドアの前にスマンさん(スレンダーさんの妻)がいて

「ナマステ」と声をかけると、ニッコリ笑って、手で部屋に入るように示す

意外にも、昼夜働き休みは月2日と言っていたスレンダーさんが、ベッドで子供をあやしていた

「アージチュッティー(今日は休み)」と聞くと

「アアチュッティー」と返事されるが、チラッと失業したのかなと思う

包帯を巻いてビッコをひきながら歩いているので、聞くと、釘を踏んでまだ当分仕事は出来ないと言う

銀行のキャッシュカードの勧誘が仕事で、給料は5000ルピー

前回滞在した時赤ん坊だった子供は1歳半くらいだろうか、大きくなっている

大きな荷物は重いので、部屋が見つかるまでここに置かせて欲しいと頼むと、ティークティークと気分良く引き受けてくれた

これから近くに部屋があるか探して回り、無かったら次の町へ行き、それでも無かったら次の町へ行くと伝える

上の階に住む子供たちが降りてきて、ヤイノヤイノとにぎやかになる

大きなかばんを開けて、土産を渡すのは面倒なので、たいした物も入ってないし後で渡せばいいと思い、空港で買ったペコちゃんの大袋と森永の大箱キャラメルを、2階と3階に1つずつ渡す

「メーンナヒーン(私のは無い)」と訴えるスマンさんには、子供の服をプレゼントすると言う

「オオドレス」と返事され、ドレスと言われると高そうなので一寸ビビル

「メーンサームネーカへナー(自分は以前に言った)、アープカアーヤー、エークマヒーナーサームネーカへナー、(あなたが来る一ヶ月前に言ってくれれば)ルームティーク(部屋はオーケイ)」

スレンダーさんは、何故一ヶ月前に連絡しなかったと言いはじめた

3年前にもそう言われて日本へ帰り

1年半前に来た時も同じ事を言われた


その時は20日ほどの滞在だったので連絡しないでインドへ来たが、今回は事前に連絡していた

「????????」

メーン(俺)は一ヶ月前、サージャンさん(スレンダーさんの兄、日本語の話せるホテルの主人だったが、今は新しく旅行ガイドの事務所を作っている)に連絡したら、俺が借りていた部屋は今、別の人が借りているので貸せないと言う事だった。インドの物価は凄く上がっていて、5千や6千で貸す所は無い、回りにもそんな安い部屋は無いと言われ、3万ルピー出せば屋上に新しい部屋を造ってあげても良いと言ってくれたが、値段も高いし、夏の糞暑い時に屋上には住め ないだろうと思い断った

一応近くを歩き、手ごろの値に折り合うところまで探してみてるつもりで、あんまり高ければデリーを離れてもしょうがないと思っていた

「ナッ、サージャンサンカへナーナヒーン(サージャンさんは言ってない)。メーンスンナーナヒーン(私は聞いてない)」

スマンさんも聞いていないと相槌打つ

「????????」

何だか訳が解らない

どうやら、サージャンさんからスレンダーさん夫婦に、話はいってなかった事は解った

何故話をしなかったのか解らないが、今となってはどうしようもない

「ルームドーンルナー、ジャーナー」(部屋を探す、行く)」と言ってリュックを持つと

「エークミナト(一寸待て)」と言って座らせ

「メーン、イエルームビャクティカへナー(私は隣の人と交渉する)」

2、3日待ってくれと言うが、追い出すのはまずいでしょ

「カヘナー、カヘナー(言う、言う)トークトーク」

とにかく話してみると言うことだろうか

3年前から血だるま剣法の本の置き代を、月千ルピーづつ前払いで送り続けているから、部屋代は5千ルピーで、払うのは4千ルピーだと告げた

「オーケイ、フォーゼロゼロゼロ、ティーク」

なんだか聞いている話とずいぶん違う

待ってくれと言われれば待つしかない

俺はガンディーバスティー(スラム)の人と仕事をする、それでも良いかと聞き

スマンさんに子供のドレスを買いに行こうと誘うと、バザールが出る夕方が良いと言われ、後でもう一度来ると言って部屋を出る

コンピュータカンパニーを4軒回るが、全て英語オンリーで日本文字に変換できる所は無かった

あきらめてガンディーバスティ(スラム)へ向かう

1年半前、広場の端にスラムを隠すように高い壁が2枚建てられた

今は後ろのスラムが見えないように、広場全体を壁で囲い、誰もここで遊んだりくつろいだりしないようにし、出入り口は金網で閉められていた

塀の脇の小道を入った所に散髪屋がある

「サーハブカハーン(主人、どこ)?」

若いサーハブの写った写真を店員に見せる

4、5人の男が寄ってきて首を振り、年配の男がサーハブだと言う

えーー?、若いサーハブは何処に行っちゃったのよ

1年半前に写した50枚ほどの写真を出して、年配のサーハブに、写真に写っている人に一枚づつ配ってくれとジェスチャーして頼む

種類は7種ほどだが、一枚に15人写っているものは15枚プリントしていた

スラムの中に店を出していて、俺の携帯からチップを盗んだ、ここの兄貴分のような男の所へ行って、働いてくれる人を紹介してもらおうと思っていたが、土産のビー玉を忘れていた、大したプレゼントでもないが、インドのひしゃげて丸くない小さい玉に比べれば綺麗だ、急ぐ事も無いと思いスレンダーさんの部屋へ戻る

スレンダーさんは、悪い足をビッコタンさせながら、ネットカフェを回ってくれたが、日本文字の使える所は無かった

サージャンさんにモバイルして、カロールバーグのクラックインターナショナルホテルの近くにあると言う事務所へ向かう

驚いた事に、クラックインターナショナルは俺がインドに来て初めて泊まった、クラークインホテルだった

そこから20メートル位の所に、サージャンさんの観光ガイドの事務所があった

思っていたより立派な事務所で、3部屋もあり、従業員も5人居ると言う

さらに驚いたのは、チョウチョウミチミチミチバエンク(東京三菱銀行)と言って不動産屋を回ってくれた、オートリクシャーの運転手が顔を見せ懐かしむ

「スレンダーさんは部屋の話は聞いていないと言っているけどどうして?」
とサージャンさんに聞くと、

「隣ノ人行ク所無イ」

「スレンダーさんが交渉してくれるそうです」

「解ラナイ」と言って話は終わった

サージャンさんは家に帰り、俺は事務所のパソコンを使わせてもらう

7時になったので、スマンさんと子供のドレスを買いに行くため、メトロでパテルナガルへ向かう

駅からバザールへ向かえば近いかなと思いモバイルした

スレンダーさんは部屋まで来てくれと言う

部屋に、鍵は掛かっていなかったが誰も居なかった

2階に上がって、3階にも上がって見るが誰も居ない

どういう事なのか解らずいたら、プリティーが帰って来た

「マンデル、マンデル、ジャーナーハエ(寺へ行った)」と言う

「カハーンマンデル(何処の寺)」と聞いたら

「ドール、ドール、バホットドール(とても遠い)」

と言われ、更に訳が解らなくなった

7時半頃来るから子供のドレスを買いに行こうと約束していた

プリティーにモバイルしてもらうと、サージャンさんも、ナレンダーさんも、スレンダーさんも夫婦で遠い寺に居ると言う

唖然

何故出かける時にモバイルしてくれなかったのだろうか

メトロの駅からモバイルした時も、何故部屋まで来いと言ったのだろうか

う〜〜〜〜ん、よくやられる事だがいつも参る

メインバザールへ戻って夕食を済まし、10時までネットカフェに居て
11時就寝


pagetop

インド行きエアーインディアは、12時の離陸予定で飛行機のエンジンがかかる

1時半に寝て5時半に起床したので、寝不足で身体がだるく目をつむって離陸を待ち、30分ぐらいたった頃、青空の中を飛んでいるだろうと外を見ると、さっきと同じ建物が翼の先に見える

12時55分までエンジンを鳴らし続け、約1時間遅れで飛び立つ

トイレに行きやすいように、通路側に席を取った

客は半分くらいだろうか、飛行機に乗る事の少ない俺だが、サービスは一つを除いて極めて良いと思う

前に乗ったとき、えらい寒かったので股引とジャンバーを着用していた

一つ置いて窓ぎわの席に座る、半そでのインド人は寒そうだ、頭から毛布をかぶって寝るが、多分丸まっているだけで寒さに震えているはずだ

エアーインディアは、震災で家と仕事を失った神戸の民に、精神的ケアを自慢する日本政府のような飛行機かも知れない

この飛行機のサービスが、あらゆる飛行機に勝るものだとしても、寒さはそれらを帳消しにして充分マイナスにしてくれている

特にインドから日本への帰りは夜中の出発で、二度乗ったが、二度とも震えるばかりで一睡も出来ずカゼをひいた

デリー空港の出口で荷物を待つが、二十人ばかりの荷物が出てこないと騒ぎはじめる

「どこか違う所にあるらしいわよ」

荷物の受け取り場所は二箇所あるらしいと言う女性について行くと、はたしてそこに並べられていた

これを日本から来る飛行機の度に繰り返していたとしたら、えらいサービスの良い空港だ、ここで働く職員も胆の座った辛抱強い人が多いようだ

モーニングツウで発表した「サイキールリクシャーワーレーキキドカーン」の翻訳を頼んでいる石川さんが、待合室に居ないのでしばらく待つ

飛行機が1時間遅れで、荷物の受け取りも1時間近くかかっている

どう考えてもおかしいので、公衆電話?の番をしている人に電話を掛けてもらう

待合室は有料なので外で待っていたのでした

ずいぶん待たせたはずで申し訳ない

第二次世界大戦の前に使っていたような、小型のプリペイドタクシーに乗り、パハールガンジー、メインバザールへ向かう

「この道は、最近出来たインド人自慢の道ですよ」と教えてくれる

東京の道と大して違わない、多分ロサンゼルスも同じように造っているだろう。新しいものはインドを消す

前にイザコザがあった、安ホテル、スターパラダイスはクーラー付で660何ルピー、クーラー無しで375ルピーと言われ、300にしてくれと頼むが首を振って返事がない

確か路地の奥のホテルは、200ルピーだったのを思い出して外に出るが誰も居ない

スターパラダイスに戻ると、アッサリ300でOKだと言う

4階まで連れていかれ、年とっているから1階か2階にしてくれと頼んだら、3つもベットのある部屋になった

石川さんのいる時に、手続きの面倒な携帯を買っておきたいと告げ、携帯電話屋へ入る

これがアアでもないコウでもないと長いんだな

パスポートを複写して、顔写真を貼り付けて、全て石川さんが交渉してくれた

俺は奥で座って待っていたのだけれど、店員はドサクサにまぎれて、石川さんの名前は住所はモバイルはと聞いている

これじゃ長くなるよな。手続きは2時間以上もかかっただろうか

カナートプレスまで歩き、中華屋へ行くが混んでいて、マクドナルドへ変更
ここも混んでいて三十分は待った

食事が終わり石川さんはオートで帰宅

11時半頃ホテルへ戻りシャワーを浴びてバタンキュウ

疲れてクタクタなのだが、中々眠れない、扇風機は大嫌いだが暑いので回してみる、身体の芯まで冷えそうで備え付けの毛布を巻く、それほど暑くはないようだ。タバコを吸って、テレビをつけて気分を紛らわす

眠れないのは明日からが不安なのだろう


2008年4月12日

pagetop

 みんなにももう一回行くと言ったけど、自分でももう一回やろうと思っていたから、別に守らなくてもいいんですけど、約束ですね

 それに暇はあるけど仕事が無い

 年をとって体力は衰えボケてきているだろうけど、何をやっていいのかわからないから、やれそうな事を精一杯やってみようって事なのかな?

 とみ新蔵先生や沢本英次郎さんの短編は翻訳してあるから、それをもう一回売って歩いてみようと思っています

 明日はいよいよインドへ出発なんだけど、まだ荷造りがほとんど出来ていない

 スレンダーさんに借りていた部屋は、今は人に貸しているから1ヶ月前に知らせてくれればいつでも空けると言われていいたので、連絡したら、部屋を借りている人が出て行かないと返事された

 又一から出直しだ

 怖いなあ、いつもビクビクしてデリーを回っていた

 やれるだろうか

 まあ、やれなくてもしょうがないんですけどね


Amazonで購入!
山松
『山松』を検索


AX45
『AX45』を検索


血だるま/おのれら
『血だるま剣法・
おのれらに告ぐ』を検索


■作家さんのこと
インデックスへ