2008年6月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
             
先月へ←     


田川生活/安部慎一


Web版「田川生活」

安部慎一

2008年6月


編集部より新連載のお知らせ 2008年6月27日

pagetop

 先日お伝えした連載休止ですが、執筆意欲が燃え盛る安部氏より、早くも休止翌日には新企画、その名も「新・田川生活」の提案がありました。安部氏曰く「今度はもう少し構成を練って、小説として整ったものにしたいので」とのことで、すでに原稿も続々到着しております。「新・田川生活」として近日中にスタートいたしますのでお楽しみに!

編集部より連載休止のお知らせ 2008年6月16日

pagetop

 安部慎一氏より、「田川生活」の連載を休止にしたい由の申し出があり、話し合いの上、本連載をお休みさせていただくことにいたしました。『アックス』で始まった本連載は、元々、気軽に書けることを第一の目的としてタイトルを「田川生活」とし、実際の生活の周辺を書いていただく方向で始まった企画です。しかしここ最近は「頭が近頃、薬でいよいよボーッとして」なかなか書けない状態が続いていました。安部氏も「『田川生活』はかつて漫画を画いていた安部の作品だというだけの意味しか見当りません」と苦悩するようになったので、心機一転する意味でも、このへんで一区切りつけることにいたしました。今後は新たな企画で執筆を再開する予定です。文章になるか、マンガになるか現時点ではまだ未定ですが、安部氏も新展開に向け意欲を燃やしておりますので、ご期待下さい。尚、これまでの本Web版の連載分ログはこのまま公開いたします。

「訪問者」2008年6月6日

pagetop

 あれは四度目の入院であった。精神科の閉鎖病棟は満員であった。北島は二〇二号室のベッド六人部屋に収容されていた。Mという男が室長であった。Mは北島の面会に来た妻の陽子が気に入ったのか、「俺は陽子とセックスがしたい!」と笑いながら大声で云うのであった。又、北島のベッドに顔だけ出して潜り込むのであった。北島はこの野郎と思ったが、喧嘩をすると両者は保護室行きである。「北島さん、疲れてないかい? 寝る?」とMは笑顔で聞く。「いや、タバコを吸って来る」北島は憮然と云う。タバコを吸う以外、する事がない。北島は四カ月後、退院した。引受人は陽子であった。薬を服用しながら三年が過ぎた。或る平日の午後、玄関で「北島さん」と小さい声がしたので北島は出た。Mであった。「俺も退院してね。招かれざる客じゃないかね」とMは笑う。「まあ、上がって上がって」「コーラを買って来たいけど、近くに自動販売機、あるね?」「あるよ」北島は場所を教えた。Mはコーラの五百ミリリットル缶を二缶買って来た。北島はMを自室に案内した。「一缶呑みない」Mはコーラを北島に手渡した。「俺もあれから色々あってね」「どうした?」「いや、干してあった洗濯物が消えたり、職員と口喧嘩して保護室に三ヶ月入ったり、まあ、最後は女とトイレでセックスしてね。強制退院だよ」Mは大声で云った。「もう少し、小さい声でしゃべりない」と北島が云うと「壁に耳ありかね」とMは声をひそめた。北島はMの目をジッと観た。「北島さん、俺の顔に何か付いてるかね?」Mは又、大声で云う。「調子、どうかね?」と北島がタバコをくわえると、Mはすぐさまライターで北島のタバコに火を点けた。Mは独身である。「俺は全身に入れ墨をしようと思ってるんだよ」と大声で笑う。北島には妻子がいる。北島はMに哀れを感じた。二時間後、北島はMを見送った。それから十年以上経つが、Mの訪問はそれ一度きりであった。


「罰」2008年6月5日

pagetop

 天罰という言葉があるが、それは事実だと、小説家北村大介は五度の精神病院入院で、悟った。彼は酒に酩酊しては、頭で思った事を妻の美枝子に全部云うのであった。それが妄想かどうかはともかく、現実とは全く無関係の夢物語であるので、美枝子は奇異に思い、酒で暴力を振るわれながら、入院を勧めるのであった。すると北村は大人しく従う。それはまるで、病院生活を懐かしむようであり、美枝子は入院の度に、悲しくて泣くのであった。十年前に最後の入院をしてから、北村は断酒した。以来、入院していない。啓示を受けたような急な断酒であった。「近頃は、どんな妄想を持っているの?」と笑いながら美枝子が聞くので北村は「俺とお前がアダムとイブだと思っている」と答えた。「妄想を持つのは自由だけど、今度酒を呑んだら、私、あなたとやっていけないからね」「判っている」北村は憮然と答えた。「酒を呑みたくなったら、医師に云って薬を増やしてもらう。安心していい」「今の生活は私にとっても子供達にとっても天国だものね」「済まん」「妄想もなるべく持たない方がいいわよ。でも、一つのことを追究するのは昔からのあなたの癖だものね。個性だと思えば私も納得出来るけど」「薬は必要だ」「うん。それは仕方ないと私も思う。でも減らしてもらうことも必要だわよね。普通の人みたいに愉快に酔うようなら今でも酒を呑んでもいいのだけど」「いや、酒はもう呑まん。許してくれ」北村は頭を下げ、食卓の空いた食器を流しに運んだ。夜七時である。彼は眠薬を呑み、すぐに眠った。目が覚めたのは二時間後の九時であった。彼はすぐに東京の編集者に電話をして、「今、起きました」と報告した。「これから書くんですか?」毎日電話する北村の癖を編集者は笑って済ます。北村は自室の机に着いた。彼は煙草を一本吸いながら、俺の病気は治ってないなと病識を持った。


安部慎一近況

先日、精神世界の小説を一本書いたところ周囲に心配された。妄想は常にあり、消えることはないが、現在では現実との折り合いをつけられるようになっている。それでも、なんとなく妄想も書いておきたい気持ちになることがあり、ああいった文章になった。

Amazonで購入!
僕サラ
『僕はサラ金の星です!』を検索